ニュートンゲージ★NEWTON・GAUGES




 

お知らせ:連載記事”なぞときたい”が単行本に成りました。asahi本の注文朝日新聞社


【ニュートン原器】タウンページ614ページ(大田区・目黒・品川・港版)

ゲンキ溌刺デゲゲの孝太郎

週間朝日1999.9.17号に掲載された文を伊坂が横書きに打ち直しました。

数字は算用数字に変換した箇所もあります、御了承下さい。



本 文…………………………………

暗号めいた広告である。

<伊坂光学研究所(有)ニュートン原器・製作△R=4/R・R/φ/φ・λ>

【光学器械】欄にあるのだが、ほかに余計なコメントな一切ない。

スパイ相手か、はたまた宇宙人相手か。ジーッと穴があくほど見ても何のことかさっぱり?なのである。

そこで電話してみたら、社長の伊坂孝太郎さん(50)という方が出たので、不可解な記号についてただした。

「ニュートンリング1本のおけるですネ」−−−−−−?

「Rの変化量で、△印はデルタ、Rは半径です。」−−−−−?▽Я。

「で、4の次の点(・)は、掛ける(×)と読みます」−−−−−?ΛЩ∞。

「掛けるのR、掛けるのRで、スラッシュ(/)は割る(÷)と解読します」−−?¢§ψ∂。

「割ることの外径(φ)、もう一度割る外径(φ)、最後に掛ける波長(λはラムダと読む)です」

−−−−−−−−?!、、〆∞♀♂……。

タウンページには数式を載せてもらえず、苦肉の策だったと伊坂さんは言い、

さらにニュートンリング1本における半径の変化量を求める数式なのだと、簡潔きわまりない説明をしてくれたのだが、ぼくのアタマはぐちゃぐちゃ。

なにはともあれ、現場を押さえないことには思考のブレーキを解除できないと判断。住所の従って大田区北嶺町へと向かった。

たどり着いたところはフツーの民家である。

シゴト柄か、少し神経質そうな雰囲気の伊坂さんの案内で、さっそく奥の作業部屋をのぞいてみると、

三人の男が無言でガラスレンズを磨いており、足踏み轆轤のカタコトという回転音だけが響いていた。

−−−−−−何を作っているの?

「ニュートン原器です」

−−−−−−それは何ですか?

「その前にメートル原器はご存じ?」

−−−−−ええ、1メートルの模範ってやつですね。

「メートル条約によって1メートルの長さを示すものとして制定された物差し。今は定義が改められたので、参照用でしかなくなりましたが」

−−−−−ではニュートンの模範とは?

「レンズには曲率、球面と言うのがあって、俗にいう度です。その凹凸の良否を判断するものです」

−−−−−何に使われるの?

「各種カメラ、顕微鏡、双眼鏡、天体望遠鏡などのレンズ作りです」

ガラスはもとより、プラスチックレンズの場合も金型の曲率を決定する際に使われる。

いずれにせよ、レンズを量産するメーカーは、その良否を判断するのにレンズの曲率面の模範となるニュートン原器を用いるというわけだ。

ニュートン原器をつくるときには、R(半径)などの注文に応じた寸法で凹凸をセットでつくる。

「うまい具合に度が合っているかどうかの判断基準となるのがニュ−トンリングです」

この環とは、凹凸を合わせて光りを当てると、光の散乱と干渉によって接触点を中心として現れる同心円状の縞(しま)が現れる。

この際の干渉とは、二つ以上の光の波長が重なって強まったり弱まったりする現象をいう。

かのニュートンが最初に精密測定したといわれるニュートンリングは、凹凸の接触面が合ってくると干渉縞が一色になる。

つまり、ニュートンリングの状態から誤差がわかり、

正確な誤差を知るために広告にあったような数式が用いられる。

−−−−−−−−もしこの世にニュートン原器が無かったら?

「高性能レンズはできない」

ひと月にレンズメーカー、商社など約、2−30社からの依頼があるという伊坂さんの会社は、

従業員三人で年商3000万円。熟練によるが、一個研磨するのに30分程度のものから終日かかるという根気の世界である。

父の代から受け継ぐというシゴトだが、伊坂さんは昨今の不況対策にと、

つい最近、カタログ販売のフランチャイズチェーンにも加盟した。

そして、伊坂さんにはもう一つの顔がある。

 

「たま〜に原因不明の皮膚病に侵されるようになりましてね。

レンズを研磨する作業が好きだと思い込んでいただけにショックでした。でも、バンド活動するとピタリと治っちゃう」

趣味が高じてバンドのリードギターを務め、夏はビアガーデン、冬はホテルのディナーショーをこなすセミプロなのだ。

帰り際、ライブ録音したという300枚限定生産の貴重なCDをいただいた。

事務所に帰ってすぐ聴くと、打楽器的に反復するデゲデゲデゲデゲという「パルス音」が部屋じゅうに響きわたった。

ある最近の研究によると、

脳の働きは左脳が事務処理、右脳が芸術的働きと分かれていて、右脳中心の生活をしている芸術家とは一般的に長生きしているらしい。

その右脳を活性化し、生命力を強化するのに効果的なのがパルス音ではないかといわれている。

彼を癒していたのはベンチャーズナンバーだった。

 

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