拡大教科書と教科書会社


拡大教科書の普及   
   拡大教科書とは、検定教科書の文字や図形を拡大し複製したもので、おもに弱視の児童・生徒が使用している。
 教育の機会均等を実質的に保障するためには、すべての児童・生徒が、障害その他の特性の有無にかかわらず教科書を通じて等しく学ぶことができるようにすることが必要である。こうした観点から、2008年に「教科書バリアフリー法」(障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律)が成立した。これにより、教科書会社は、文部科学大臣が定めた「標準規格」に適合する「教科用特定図書」を発行する努力義務を負った。
 ここにいう「教科用特定図書」とは、「障害のある児童及び生徒の学習の用に供するため作成した教材であって検定教科用図書等に代えて使用し得るもの」とされ、拡大教科書だけを指すものではない。ただ、現在、文部科学大臣が「標準規格」を定めているのは、小中高等学校の拡大教科書についてであるので、教科書会社は拡大教科書の発行を求められることになる。
 「教科書バリアフリー法」は、2009年度発行の教科書から適用され、各社は、少しずつ拡大教科書の発行ランナップを増やしてきた。そして、新学習指導要領実施に伴って教科書が一新されるのを機会に、小学校は2011年から、中学校は2012年から全ての検定済教科書の拡大教科書が発行されることとなった。
 
拡大教科書の発行   
   拡大教科書は、おもに弱視の児童・生徒が使用するが、その見え方は一人ひとり異なり、どのような拡大等の対応が適切なのかも異なると言われる。そうした多様なニーズにできるだけ対応できるよう、教科書の文字の大きさが18P(ポイント)、22P26の3種類の拡大教科書を作成することが「標準規格」に定められている。実際には、教科書と同じ判型のB5版の紙面で文字を22Pに拡大した拡大教科書を作成し、それを印刷出力時に拡大・縮小することでA518PB522PA426Pの3種類の拡大教科書とすることが想定されている。
 教科書と同じB5版で拡大教科書を作るのは、教科書を単に拡大するのでは判型が大きくなりすぎて使用に耐えないからで、大きな文字で紙面に収めるためにはレイアウトをやり直す必要がある。当然、同じページ数では内容が収まりきらないため、ページ数が数倍に増え、本としての扱いやすさを考えると、一冊の教科書が通常数冊の分冊になる。
 このように、1冊の検定済教科書について、数分冊となる拡大教科書を3種類作成することになるので、発行する拡大教科書の種類は非常に多くなる。弊社の小学校国語の拡大教科書を例にすると、原本となる検定済教科書は1年〜6年の各学年上下2巻で12点ある。それに対し、拡大教科書の分冊数は、1年上巻は1冊に収まったが、1年下巻が2分冊、2年〜6年用の上下巻10点は各3分冊となり、それぞれ3種類の大きさのものを作成するので、合計99冊となる。
 これを全教科、全社で見ると、その何十倍もの種類の拡大教科書が発行されていることになる。流通管理の必要上、書名のつけ方に全社で統一したルールを設定し、それぞれの分冊の表紙には、例えば『小 新しい国語 三上(国語301)拡大版【22P】(全3分冊)B』のように記載し、区別できるようにしている。それでも、これほど多種類で、しかも教科ごとに発行者が異なる拡大教科書を、必要とする一人ひとりの児童・生徒に対し、新学期までに間違いなく届けるためには、教科書取扱書店の並々ならぬ努力が必要である。
 
拡大教科書の製作   
    拡大教科書の製作に当たって、教科書会社では、多くの場合、DTPといって、コンピュータ上で編集専用ソフトを使って、原本教科書のデジタルデータを活用して編集・組版作業の効率化を図っている。しかし、レイアウトが全く変わったり、文字の大きさや書体をさまざまに変更したりするため、編集に要する作業量は新たに教科書を作成する場合とさほど変わらない。
 特に、最近の教科書は、本文と写真・図版や注などの諸要素が密接に関連するようにレイアウトに工夫を凝らしている場合が多いので、文字を拡大することによって原本のレイアウトを変更する場合に、どのように配置し直すのが適切なのか、しばしば頭を悩ませる。また、拡大教科書は「教科用特定図書」として検定済教科書に代えて使用するものなので、発行者の作成する拡大教科書に、原本教科書と内容が異なる箇所が1箇所たりともあってはならない。自分たちが作った教科書であるだけに、その内容に全面的に責任を負わなくてはならず、すべての内容が漏れなく正確かつ適切に配置されていることを、厳重に確認しなくてはならない。そのため、レイアウト変更と校正を何度も繰り返すことになるが、ページ数も大幅に増えるため、校正紙の量だけでも相当なものとなり、その保管場所の確保にも一苦労なほどである。
 こうした作業は、当然、新学期に間に合うように進めるが、その時期は、教科書の新編集に伴い、教師用指導書や指導用教材、児童・生徒用教材等をすべて揃えなくてはならない時期で、従来から綱渡りのような製作業務の進行を強いられていたが、そこに拡大教科書の製作が新たに加わった。その製作体制の確保も大きな課題であった。
 ところで、拡大教科書は需要数が極めて少ない。文部科学省の調査によると、拡大教科書を必要としている児童・生徒は、全国で1学年当たり概ね200人程度いる。その中には、教科書会社が作成する「標準規格」の拡大教科書では対応できず、ボランティア等に依頼して「オーダーメード」の拡大教科書を使用するケースもある。また、原本教科書の採択率もさまざまであるため、拡大教科書の需要数は、1書目当たり、多い場合でも50〜60セットに止まり、中には1セットや需要0といったケースも少なくない。多くの教科書会社は少部数製造に対応するよう、オンデマンド印刷で対応している。しかし、編集作業は需要数が判明する前に着手していなくてはならず、編集作業が終わったのに、結局は印刷しなかったというケースも珍しくはない。
 拡大教科書の発行については、各社ともいまだ手探りの状態で試行錯誤を重ねながら悪戦苦闘しているというのが実情である。今後とも、拡大教科書の安定的な製作・供給を持続していくためには、早急にノウハウの蓄積と普及・共有化を進め、発行体制を整備していかなくてはならない。
 
2012.1.26 渡辺 能理夫 (東京書籍株式会社)
執筆者紹介 一般社団法人教科書協会/拡大教科書の普及充実のための調査研究小委員会委員長
東京書籍株式会社/取締役編集局次長
比較と評論 目次へ 参照 弱視児のための拡大教科書の普及へ

(120210追加)