年齢を考えれば、かなり早熟な部類のはずだった。育った土地柄もあるだろう。青学に入る前にオレは性に関する一通りの経験を済ませていて、更にいえばキスやセックスに夢中になる時期も通り過ぎていた。だから、余裕を持って相手をリード出来るくらいの経験は積んでいると信じていた。それは信じていただけだったのだけれど。
「……オレは何か、間違ったか」
 海堂先輩の唇がオレの唇の上を通り過ぎていったのだと理解したのは、オレの顔を包んでいた手のひらの暖かさが離れて頬が冷たい空気に晒されて、いぶかしげな声が落とされた時だった。憮然とした言葉の端に不安が滲んだのを聴いて、ようやく海堂先輩が怒っていないのを理解した。むしろ、怒っていない、なんていうのが大分控えめな表現なんじゃないかと、確信めいた期待がせり上がる。どんどんどん、と背中から思いきり殴られるような衝撃が全身に響いて、これが心臓の音だなんて絶対信じないと思う。頭がぐらぐらして、地面の頼りなさに思わず目蓋を開ければ、目のふちを染めた海堂先輩が目の前だった。オレは全力で首を横に振る。アンタのすることに間違いなんて無い、なんて、盲目な言葉を叫びかけて流石にそれはないだろうと一旦大きく深呼吸をして、改めて海堂先輩に向き直る。海堂先輩はあっけに取られた顔でオレを見ていて、至極当然の反応だなと頭の反対側に居るオレが冷ややかに呟いた。うるさい。頬も耳も手も熱くて熱くて仕方なくて、この熱はこうしなければ収まらない。自分を格好良く見せるだとか、相手を優しくリードするだとか、そんな余裕はかけらもなかった。ためらうようにオレの頬から落とされた海堂先輩の手のひらを掴む。
「アンタにキスしたい。キスしてもいい?」
 祈るように両手で握り締めた海堂先輩の手は、オレと同じくらい熱かった。


Recklessness in their fourteen-2



 オレの言葉に海堂先輩の目がたわんだ。大きな目が半分くらいになってオレを見る。期待と焦りをさらけ出した言葉も声も、ひどくみっともないだろう。それなのに海堂先輩は可笑しくて笑うのとは違う目でオレを見たから、もう一度顔を寄せずには居られなかった。近づくのにつれて優しい目が閉じられる。当然のことのようにお互いの唇が重なる。海堂先輩のほうが背の高い分オレがすがり付くような格好になって、全く様にならなかったけれど、もうどうでも良かった。海堂先輩はオレと同じくらい熱い手で手を握り返してくれていたし、重なりあった体中のあちこちから洋服越しのじんわりした体温がお互いを行き来していた。唇は柔らかくて暖かくて、時折吐き出される息は濡れていて、どうにかなりそうになる。何よりこうしていると、海堂先輩もオレのことが好きなんだと思えて、嬉しくて死にそうだった。もしこれが単なる海堂先輩の気まぐれで、情けない後輩の奇行に付き合ってくれているだけだとしても、構わないと思う。今は受け入れて貰えたので充分だった。
 重ねるだけでは足りなくて、唇をすり合わせるように感触を確かめれば、海堂先輩が小さく笑ったのが分かる。上がった口角を追うように唇をずらしていって、そのまま頬を唇でたどっていく。遠くから眺めるより指先でたどるより、ずっとクリアに海堂先輩の形が感じられた。睫毛がちくちくするのを通り過ぎた後、大きな目が閉じられた目蓋に唇を落とせば、丸い眼球の凹凸が終わった辺りに、ちょっとした違和感があった。ざらざらとした引っ掛かかりを唇に感じて、ことさら丹念にこめかみ辺りの肌をたどっていく。少し窪んだような感触。これは何だろうと何度も唇で撫で下ろすと、海堂先輩の指が近づいた。オレが握り締めたのと反対の手が伸びてきて、耳の後ろに指が掛かる。人に触られたことの無い場所をすっと撫でられて、思わず体がすくむ。けれど海堂先輩が気にした風もなく、オレの目蓋に親指を添えた。目尻の上辺りを繰り返しこする。さっきのオレの仕草を繰り返したように動く指先に、突然の海堂先輩の意図が分からなくて、恐る恐る目を開ける。焦点が合わないくらい近くから海堂先輩がオレを見ていた。これほど体が近ければ当たり前のはずの至近距離は、けれど海堂先輩のまっすぐな視線を受けるには近すぎた。改めて頭に血が上るって、地面がグラグラする。そしてもう一度、目蓋の上を親指の腹で撫でられた。少し湿った指の腹が、目尻の上で止まる。その指の下にあるものを確認するようにじっと見つめて、海堂先輩はまぶしいように目を細めた。
「一緒だな」
 ぼそりと海堂先輩は呟く。けれど何が何と一緒なのか分からない。面白くない。海堂先輩がオレを見ているのに、何かオレとは違うものを見ているようで、奇妙に疎外感があった。こんなにくっついているのに、くっつくことを許してもらっているのに、まだ遠い。オレは少々不機嫌に、オレの目蓋が何なの?と聞きかけて、けれど海堂先輩がそこにキスをして舌がペタリと何かの跡を追うように一筋、線を描いて動いたから、オレはようやく思い出した。
 地面のグラグラが、ますます強くなる。



(20051127)


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 メロメロでメタメタなリョーマと、リョーマを翻弄しまくる(ようにリョーマには見える)海堂。