濡れた舌が貧相な照明を映した。ちか、と一瞬またたいて口内に消えていく。それを追いかけたのは視線だけではなかった。止まらない眩暈を感じたままの頭がフラフラと追いかけ、すんなり通った鼻梁に鼻先を擦りつけ、唇に噛みついて中に隠れた舌を引きずり出す。舌と舌が重なって濡れた音を鳴らした。
 熱いくらいの体温に直接触れて、ようやく息が出来る。無我夢中でしがみついた体から柔らかい体温が与えられるけれど、それは嬉しいのだけれど、それだけではもう足りなかった。もっと同じに、もっと一緒になりたい衝動が腹の奥から突き上げる。悲しいほど肉の落ちた全身を一層きつく抱きしめる。雨垂れが石を穿つように一滴一滴垂らされた心を甘やかす言葉がとうとう理性を焼き切ったと、頭の裏側のオレが冷ややかに観察していた。こんなのは駄目だと理性の切れ端が囁く。海堂先輩を傷付けるよと囁く。けれどその声はあまりに微かで、どんどんどんと体中に響く逸った鼓動にあっさりと掻き消された。
 逃げようとする舌を追いかけて顎ごと捕まえてめちゃくちゃに舌を絡める。二人分の荒い息遣いと唾液の絡まる音で冷えた部室が満たされる。海堂先輩の手がオレを引き剥がすように動いたのを、手首を掴んでロッカーに押し付ける。骨ばかりの感触が哀れで、けれど手のひらに感じる動脈はオレと同じくらい早い鼓動を打っていた。
「っは……ぁ」
 唇で直に感じた海堂先輩の吐息は低く、体の奥がぞくりと震える。どうしようもなく気持ちよかった。海堂先輩の舌を飲み込むように絡めとりながら、その表情が見たくてうっすらと目を開ける。怒っているだろうか。けれど、優しく傷をなぞった舌の軌跡を、唇に落とされた柔らかい感触を、泣く子供の髪を梳いた指の動きを思い出して、あるいは別の可能性を期待してしまう――あんたは、オレのことが、好きだよね?


Recklessness in their fourteen-3



 目のふちが真っ赤に染まって、今にも涙が零れ落ちそうに潤んでいた。光をはじく視線は、そして、鋭かった。どくりと大きく心臓が鳴る。至近距離で見詰め合う。赤く血の上った頬も唾液にまみれた口元も、今も感じる熱くて濡れた舌の感触も、全てが興奮を煽る。けれど同じく興奮を示しているはずの目ばかりは、剥き出しの刃物のようだった。ひどく凶暴な眼差しがオレをピタリと見定めていた。オレは目を見開く。そして理性の焼ききれた頭を、後ろから思い切り殴られた衝撃。その痛みの端から沸き起こる、高揚感。その視線から一ミリも動けないまま、全身が痺れるような喜びに震える。
 海堂薫はこういう目をする人だった。狂気の半歩手前の情熱を撒き散らして否応なく視線を惹きつける。魅力的というには危険すぎる、下手に手を出せば火傷どころか致命傷を負うような、けれどその無自覚の挑発に乗りたくて堪らなくなるような。真っ直ぐで優しいのは間違いなく海堂先輩の本質だけれど、それが『海堂先輩』ではない。
 がちりと向かい合った視線の先で、海堂先輩の目が笑った。ようやく正気に戻ったかと、口が開いていた言ったのだろう。面白がる視線。絡めたオレの舌から抜け出して、海堂先輩はからかうように上顎を舐めてきた。思わず竦む体に、今度こそ間違いなく海堂先輩は笑った。フッと息が抜けてオレの頬に掛かる。オレも同じように、笑った。
 自分の盲目ぶりに気が付くと、可笑しくてたまらなくなった。テニスが出来なかろうが人付き合いを覚えようが、海堂先輩は海堂先輩だった。愚かしいくらい一途で情熱的で凶暴で、優しくて強くて格好良い人だ。オレがどうこうしようなんて、まして傷付けるなんて思い上がりも良い所。
 オレは海堂先輩の顎を掴んだまま手首を押さえつけたまま、けれど形勢はすっかり逆転していた。歯の根を、頬の裏をなだめるように舐められる。慣れた仕草は闇雲なオレのキスとは反対に、確実に快感を引き出した。伏せた目蓋の先には長い睫毛が涙で濡れている。下半身にじわじわと切ない痺れが広がっていた。そしてオレに出来るのは、ただ懇願することだった。半ば無意識に腰を動かす。密着した下半身が擦れ合うもどかしい刺激に、海堂先輩も小さく息を吐き出した。
「海堂先輩」
「……ぁ、なんだ」
 キスしたままの呼びかけに、面倒臭そうに唇が離される。音をたてて解かれた舌は名残惜しむように唾液の糸を伸ばした。重みに耐え切れず切れた水滴が床につく前にささやく。
「海堂先輩が好き」
 出来るだけ直ぐに心に響いてくれるよう、心臓の真上に頭を摺り寄せた。







おわり

(20060122)


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 告白編でした。