イサカ・コラージュに寄せて
ヨシダ・ヨシエ(美術評論家)
「洋服屋のようにモデルの寸法を測り」「刺しゅうする女のように」
(ピエール・クルティヨン)
丹念に対象を描写したにもかかわらず、
その穢れのない無邪気なエスプリは、生命の鼓動をそこによみがえらせて、
現実を幻視の世界に変えてしまう。
パリ・プレーザンス地区のアンリ・ルソーの貧しいアトリエは、
想像の泉が溢れ湧きでていたのだ。
1908年に描かれた『ジュニエおじさんの二輪馬車』は、
フランスの切手の図柄になっているが、伊坂義夫の好きなコレクションであろう。
絵のネタはオンクル・ジュニエが奥さんと女の子の三人で、
馬車の前に立っている一枚の写真なのだが、ルソーはこのちいさな馬車の荷台に
五人ものファミリーをこぼれ落ちそうに乗っけてしまった。
そして写真の背景は緑のこんもりとした森(フォレ)にしてしまい、
のんびりと雲が漂っている。
つまり、静止した一枚の記念写真は、黒犬の親子まで加えて、
これからたのしい旅立ちの情景に変わってしまったのだ。
白い馬だけが、洋服屋が寸法を測るように描写されている。
今回の作品には、1890年のルソーの自画像も使われているが、
これはチェコスロバキアの切手だ。
ここでも、その空に漂う雲を伊坂義夫は切り抜いてコラージュしている。
ルソーの無邪気(イノセント)と伊坂義夫のイノサントが
イマージュのコラージュの空を、雲のようにながれて、
Par-avionとしてランデ・ヴーしたのである。
40歳になるまで律気な税関吏(ドゥアニエ)だったルソーは
生涯国外へ出たことがないらしいが、
当時できたジャルダン・デ・プラント(植物園)に日参して、
木の葉を拡大鏡でのぞくように観察して、
あのファンタスマゴリ(魔術的幻灯)の如き熱帯の光景をデッチあげたのだ。
想像力とはまさに分析的かつ超観察的デッチあげなのだ。
伊坂義夫は、その世界を掬いあげ、切り刻み、大空翔る切手とともに、
否、ドゥアニエ・ルソーとともに、
目にやさしく語りかけるイマージュ発生の旅行記にわたしを立会わせるのだ。