マルチメディアDAISY教科書の普及


デジタル教科書を求める要望   
   読むことが困難で通常の教科書にはなじみが薄い児童・生徒にたいし、拡大された教科書、あるいは音声などによる代替の教科書を求める要望は、以前からあった。これに応え、教科書出版社に許諾を求め、あるいは著作権法の私的使用のための複製を根拠に、代替の教科書を提供する者がいて、障害者援護に携わる関係者等から著作権使用の規制緩和および拡大教科書や教科書のデジタルデータ提供に関わる法制度の整備を求める要望が提出されていた。
 日本障害者リハビリテーション協会は、無償のデイジー教科書製作ツールの提供と障害者団体で構成する「障害者放送協議会」による著作権法改正運動を通じ、積極的にこの要望にかかわっていた。
 同協会がはじめて
マルチメディアDAISY教科書を製作するのは、ある発達障害者の親の会から製作を依頼されたのがきっかけであった。
 
DAISY教科書の提供事業〜日本障害者リハビリテーション協会   
   2008年9月に「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(教科書バリアフリー法)が施行され、これとともに著作権法第33条の2が改正されたことにより、LD(学習障害)等の発達障害や弱視等の視覚障害、その他の障害のある児童・生徒を対象とする「拡大教科書」やデジタル化された「マルチメディアDAISY教科書」等が製作できるようになった。
 これを受けて(公財)日本障害者リハビリテーション協会(以下「リハ協会」と略称する。)は、同年同月から、通常の教科書を読むことが困難な小学校および中学校の児童・生徒に向け、マルチメディアDAISY教科書を、非営利のボランティア団体と連携して提供している。
 2010年1月には、著作権法の視覚障害者等のためにする著作物の複製等についての定め(第37条3項)の改正により、特別な支援を必要とする児童生徒のニーズに合せた形式でのマルチメディアDAISY図書等の複製、自動公衆送信が可能となった。しかしこの段階では、リハ協会は同法同条同項に定める「事業を行う者」ではなかったため、文化庁にたいし申請し、同年4月に同法施行令に基づく指定を受けた。これにより法制上の問題はなくなり、同年10月には、それまでCD−ROMの配布だけであったマルチメディアDAISY教科書のダウンロードでの提供を開始した。
 
マルチメディアDAISYとはどういうものか。  
   DAISYとは、Digital Accessible Information System の頭文字をとっており、日本語では「アクセシブルな情報システム」と訳されている。当初は利用者として視覚障害者のみを対象として開発されていたが、その後、マルチメディアDAISYとして発展を遂げ、現在は、印刷物を読むことに障害がある人びと全体を対象とする、情報へのアクセスを支援するデジタル録音図書の国際標準規格として開発が進められている。  
DAISY教科書の利用者は、発達障害のある児童・生徒などさまざま   
   利用者は、発達障害(学習障害、注意欠陥多動症、広汎性自閉症など)、上肢障害、脳性まひ、知的障害、視覚障害(全盲、弱視)、構音障害など、さまざまである。
 2010年5月からは、教科書バリアフリー法がうたう「障害その他の特性の有無にかかわらず児童及び生徒が十分な教育を受けることができる学校教育の推進に資する」ために、次の教科書提供方法の変更があった。
 
  @ 障害のある児童・生徒は、在籍学年よりも下の学年のDAISY教科書を利用することが可能
A 教師が障害のある児童・生徒を指導するためにDAISY教科書を利用することが可能
B 障害のある児童・生徒がいる学級では、教師は、必要に応じて一斉授業でもDAISY教科書を利用することが可能
 
マルチメディアDAISY教科書の機能〜音声と画像が同時に表示され、読み上げ箇所がハイライトで示される。  
   マルチメディアDAISY教科書は、パソコン等の音声と画面を使える環境で再生すると、テキスト、音声、画像が同時に表示され、音声読み上げが行われているテキストが指定したハイライトで示されるので、利用者は、音声がどこを読んでいるかを容易に確認することができる。読みたいページへの移動も簡単にできる。また、再生ソフトで、文字の大きさ、読み上げ音声のスピード、カラーコントラストを調整することも可能だ。また、しおりや検索などの機能もある。さらに、キーボードやマウスが苦手な利用者は、タッチパネル、iPhone や iPad を利用することで操作が簡単だ。

右は、実際の国語の教科書ではないが、同様のフォーマットでマルチメディアDAISY化した図書をAMIS(アミ)というフリーの再生ソフトで再生を行っている画像である。                      
 
DAISY教科書の製作〜教科書出版会社からデジタルデータの提供を受ける。   
   教科書バリアフリー法により、教科書出版会社から教科書デジタルデータの提供を受け、リハ協会が中心となってボランティア団体と協力を組み、DAISY教科書の製作および提供をしている。   
DAISY教科書利用の効果〜通常の教科書にくらべ、読むことへの抵抗感が減った。  
   DAISY教科書の効果に関し、2010年12月に教師と保護者にたいしアンケート調査を行った。その結果では、次の質問項目にたいし「大いにそう思う」と「ややそう思う」という回答が多かった。

 * 読むことへの抵抗感、苦手感、心理的負担が減った。
 * 紙の教科書より長時間、DAISY教科書を読むことができる。
 * 読み間違えが少なくなった。
 * 読むことに関心、興味がでてきた。
 
製作と提供の費用の負担  
   製作の費用は助成団体からの助成金で一部を負担している。CD−ROMの配布は実費負担で、ダウンロードの場合にはリハ協会のサーバーを使用し、無料で提供している。
 ちなみに、弱視者等を対象とする拡大教科書は、国が費用を負担しているが、DAISY教科書については国の負担はない。
 
利用状況〜さらなる普及が必要   
   DAISY教科書の利用者数は、2012年2月現在で、1,109人になった。
 必要とする児童・生徒はもっと多いと考えるので、さらなる普及を図っていきたい。
 提供に当たっての協力団体数は、15団体(2012年)と増えつつある。

     DAISY製作・提供協力団体一覧 
 
特定非営利活動法人 奈良デイジーの会  社会福祉法人日本ライトハウス 情報文化センター 特定非営利活動法人 デジタル編集協議会ひなぎく 
朗読奉仕グループ「Qの会」  国立大学法人富山大学人間発達科学部 森田研究室  特定非営利活動法人 やまゆり 
ボランティアグループ デイジー江戸川   調布デイジー 特定非営利活動法人 支援技術開発機構 
あおもり DAISY研究会  特定非営利活動法人 かかわり教室  特定非営利活動法人 サイエンス・アクセシビリティ・ネット 
特定非営利活動法人 こみこみドットコム  広島大学マルチメディアDAISY研究会  日本点字図書館 
今後の課題  
   マルチメディアDAISY教科書の存在を知らない行政・教育関係者は少なくない。前記のとおり、今後、地方自治体や教育委員会などを通して学校や教師への周知や研修に努め、この教科書がこれを必要とする児童・生徒に届くようにしたい。
 つぎに、この教科書の提供はボランティアベースで行われるため、供給が安定していない。この改善に向け、今後、この事業が国の事業として取り上げられ、予算措置が行われてほしいと考える。
 通常の教科書を読むのが困難な児童・生徒にDAISY教科書を保障することは、2006年12月に国連総会で採択された国連障害者権利条約で謳われた障害者にたいする「合理的配慮」の一つであるのだから。
 
 
附 DAISY教科書の入手方法    
   DAISY教科書を入手するには、次のウェブサイトに接続してほしい。申請書のダウンロードが可能である。
     http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/daisytext.html
 また、再生フリーソフト「AMIS」は、次のウェブサイトからダウンロードできる。
     http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/software/playback.html
 
 
2012.8.21 野村 美佐子    
(公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 情報センター長)
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