病院長の大切な仕事 アメリカ合衆国の場合


ブリキのカップとは?
 私がアメリカに留学中に師事したシンシナチ小児病院血液科のマウアー教授は、その後、テネシー州メンフィスにある、有名なセント・ジュード小児研究病院の病院長になった。同病院長として夫人同伴で日本を訪問した際に、私が「病院長にとって一番大切なものは何ですか?」と伺ったところ、tin cup」との答えであった。tin cup」は、「ブリキのカップ」という意味であるが、皆さまご承知のようにアメリカでは乞食の商売道具として漫画にもよく出てくる品である。同院長は、寄付金を集めるのが、アメリカの病院長にとり最大の仕事である、と言いたかったのであろう。傍らの夫人が笑いながら以下のエピソードを語ってくれた。
さりとは粋な寄付のやりかた
 セント・ジュード小児研究病院では、定期的にチャリティーのゴルフ・コンペを開催している。寄付金集めが目的であることは言うまでもない。ある年のコンペにメイン・ゲストとして、フォード元大統領を招待したことがあった。ところがこのコンペで、驚いたことに、フォードさんがホール・イン・ワンをしてしまった。フォードさんは、このときのゴルフ・ボールを主催者であるセント・ジュード小児研究病院に寄付した。小児病院は、このゴルフ・ボールをオークションに掛け、ある企業がこのボールを5万ドルで落札した。しかしこの会社は、「ホール・イン・ワンをしたゴルフ・ボールは、そのゴルファーにとってたいへん貴重なものである」と言って、このボールをフォード元大統領にプレゼントした。ということは、つまり、この会社がセント・ジュード小児研究病院にたいし、5万ドルを寄付したわけである。私は、ちょっと良い話だと思いながら聞いていた。それにしても、何とスマートな寄付のやりかたであろうか、今でも時に思い出し、感心している。
注1  マウアー氏は、小児研究病院長で、テネシー大学の教授を兼ねていた。小児科医として初めて米国血液学会の会長を務め、また国際血液学会の会長にもなった。 
注2  セント・ジュード小児研究病院は、故ダニー・トーマス氏が私財を投じて基金を設立した病院である(米国では、大学と同様に良い病院はそのほとんどが私立である。)。同病院は、医師のほかに多数の博士号保持者が医薬や治療法の開発などに従事する文字通りの研究病院で、その高い診療機能を求め全国から患者が集まり、年間に150人の小児白血病の新患(全米の新患の約10パーセント)、100人の小児癌の新患が受診していた。入院費用は高いが、それにもかかわらず患者が集まり、しかも運営と機能維持のために寄付金を集める必要があったわけである。 
注3  メンフィスは、テネシー州南西端、ミシシッピ川東岸にある商工業都市で、人口65万(2000年)。歌手のエルヴィス・プレスリーが音楽活動の拠点とした町でもある。
2009.2.16 長尾  大
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(090221追加)