ドイツの自発的奉仕活動
〜兵役代替役務を受け継ぐ制度の導入〜
徴兵制停止 | ||
ドイツは、1956年から国防に徴兵制を敷き18歳以上の男子には兵役の義務がありましたが、これが2011年7月に停止され、軍隊は志願制に切り替えられました。冷戦が終結した後、東西ドイツが統一して20年以上が経過し、安全保障をめぐる情勢が大きく変化したなかで、連邦軍の改革が行われたのです。兵役期間は最長の18か月から6か月までに短縮されていて、この短い期間で交替する兵士の教育が問題となっていました。いっぽう、軍の役割は冷戦下の国土防衛からテロ対策や海外派兵に機動的に対応するよう求められるようになりました。この背景のもとで財政再建の一環として国防費の削減のために改革が実施されました。閣議決定は2010年12月15日に行われ、総兵力約25万人を段階的に約18万5000人に減らすこととされました。 停止前の徴兵制の下で、兵役につかない人は、代わって福祉の分野に貢献しなければなりませんでした。その根拠は、基本法(憲法に当たる。)の「良心に反して軍務を強制されない」との規定にあります。兵役に代えて医療や福祉の役務に就くことを「代替役務(Zivildienst、ツィヴィルディーンスト)」といい、この役務についている人が「ツィヴィルディーンストライステンダー」、略して「ツィヴィ」です。代替役務に就く人は「良心的兵役拒否者」とも呼ばれていました。代替役務は、通常は病院、青少年福祉施設、老人ホーム、救命救急医療、障害者介護などの社会福祉分野での活動で、その従事期間は当初の20か月からしだいに短縮され最後は6か月でした。毎年多数の男子(近年では兵役に就く者(2009年で約7万人)より多い。)が兵役を拒否していました。 |
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兵役代替役務の停止、自発的奉仕活動の導入 | ||
兵役義務が停止されることになったため、2010年10月からは自発的意思による者だけが前記の福祉サービスに就き、このような従事形態は2011年7月1日までの時限的なものとされ、2011年12月31日にはすべての役務提供関係が終了するよう措置が執られました。 代替役務、すなわち良心的理由による兵役拒否者による福祉サービスへの従事がなくなったことを踏まえ、そのほかすべての自発的奉仕活動を補完する目的で、「連邦自発的奉仕活動(Bundesfreiwilligendienst 略称BFD)」の制度が2011年に導入されました。 |
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制度の導入に至る経緯 | ||
東西冷戦の終結や分割された二つのドイツの統合を経て、1990年代の終わりに兵役廃止の議論が盛んになり、そのいっぽうで青少年の自発的な奉仕活動への需要も高かったため、2003年には連邦家庭省により「市民社会の将来委員会」が組織され、世代を超えて自発的奉仕活動を促進していこうという最終報告がまとめられました。そして2004年からは二つのモデル事業が展開されましたが、それは週に最長20時間労働を越えるものではなく、その後継として2009年から2011年まで続いた事業もパートタイム労働によるものでしかありませんでした。 他方、2010年の夏を過ぎるころから連邦国防相が唱える兵役義務の停止が実現する気配が高まってきたことを背景に、BFD創設にかかる法案が準備され、時の勢いもあって比較的に短い立法過程を経て、2011年4月28日、BFD法が成立しました。効力発生は、同年5月3日でした。 当初は関係者はこの制度の評価に慎重でしたが、2012年にはほとんどすべての求人が埋まった事情もあり、ドイツ赤十字社をはじめかなりの関係団体がBFDの拡充に賛同するようになりました。 |
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BFDの理念と原則 | ||
BFDは、自発的奉仕活動という考えをより広い社会的基盤に立脚させることを主な目的として導入され、27歳以上の成人にも開かれた活動となっています。 BFDは、労働市場にたいして中立的であるとの原則に立ちます。 BFDは、連邦家庭・市民社会省が所掌します。 |
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BFD法の概略 | ||
☆ 社会・環境・文化およびスポーツに加え、民間防衛・災害防止や社会への統合といった分野での公益への関与を促進していくべきものである。 ☆ 義務教育を終了した者すべてに開かれ、年齢の上限はない。 ☆ フルタイムが原則だが、27歳以上の者は週に20時間までの短縮が可能である。 ☆ 期間は12か月が原則で、特別な事業については6か月から24か月。また特殊なケースでは3か月ごとに区切ることが可能である。 ☆ 27歳以上の成人は5年ごとにBFDに従事することが可能。 ☆ 衣食住はカバーされるほか、小遣銭が支給される。 ☆ セミナーへの参加義務は、1年に25日。期間が12か月ではない場合は月当たり何日として定める。セミナーは通常、既存の公務員研修所で行われる。 ☆ 教育的要素をどのように伴わせるかという点も想定されている。 ☆ 被用者と同様に社会保険の加入対象となり、従事する団体は被用者負担分を負う(ドイツの社会保険料は労使が折半で負担するのが原則である。2012年の保険料率は、労使合せて年金19.6%、医療15.5%、介護1.95または2.2%、失業3.0%)。 ☆ 従事対象の事業所は、すべて連邦の承認を必要とする。 ☆ ポストの管理は、従事する団体および事業所を監督する本部機関が行う。 ☆ 従事事業所と従事者の共同の提案に基づき、連邦と従事者との間に労働協約が適用されるが、これは狭義の雇用関係を示すものではない。従事者は被雇用者ではなくて連邦から受託した者との位置づけである。 ☆ 対象事業所は、奉仕者にたいし適正な証明書を交付しなければならない。 |
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奉仕従事者の活動への給付 | ||
奉仕従事者には1月当たり336ユーロ(2012年初頭現在)を限度として小遣銭が与えられ、パートタイムの場合にはこの額が相応に減じられる。これに加えて、衣食住もカバーされる。 BFDはボランタリー活動であるから、働きにたいする反対給付としての賃金を支払うのではなく、支出にたいして埋め合わせを行うという考えに立つ。 小遣銭に社会保険料を合せた経費は、連邦と従事事業所とが分担する。連邦は25歳未満の者には1月当たり250ユーロ、25歳以上の者には350ユーロを補助する。なお、衣食住は従事事業所の負担である。 (例1) パートタイムでは社会保険料と合せた経費をすべて連邦が補助できる。 (例2) フルタイムでは社会保険料と合せた額が連邦の補助の上限を超えるため、その超過部分は従事事業所が負担する。 こうした措置のほか、子供手当、住居手当、失業手当も国庫から支払われる。 |
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奉仕従事者の数 | ||
BFDの従事者は、2011年末で2万6240人でした。2012年2月には政府の目標値3万5000人に達したため、志望者のうち一部は従事できませんでした。 |
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BFDにたいする批判 | ||
以前の代替役務と異なり、交通費が支給される保障がないため、支出にたいしての埋め合せがあるといってもそのうちの4分の1が交通費に消えてしまう、との批判があります。 |
資料 | 1 2 3 4 |
共同通信社「世界年鑑 2012」、「 同 2013」 毎日新聞2011(平成23)年7月4日付「ドイツ、徴兵制を中止」 ウィキペディア、ドイツ語版「Bundesfreiwilligendienst] 2013年5月 厚生労働省編「世界の厚生労働 2013」 |
この小論は、下野省三氏((もと駐西ドイツ日本大使館書記官)の資料提供と助言に基づくものです。特記し、ご好意に謝意を表します。 |
2014.2.20 | 佐々木 喜之 |
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