ドイツの兵役代替役務


ドイツの徴兵制は、2011年7月に停止されました。これに伴い、ここで解説する兵役代替役務はいまは存在しません。後継の制度については、別の小論をご覧ください。
代替役務とは何か
 ドイツは国防に徴兵制を敷き、18歳以上の男子には兵役の義務があります。兵役につかない人は、代わって福祉の分野に貢献しなければなりません。兵役に代えて医療や福祉の役務に就くことを「代替役務(Zivildienst、ツィヴィルディーンスト)」といいます。この役務についている人が「ツィヴィルディーンストライステンダー」、略して「ツィヴィ」です。
 その根拠は、基本法(憲法に当たる。)の「良心に反して軍務を強制されない」との規定にあり、代替役務に就く人は「良心的兵役拒否者」とも呼ばれています。
 我が国には国法上、国民に兵役の義務はなく、したがって代替役務のような制度もありませんから、ドイツには代替役務の制度があることを知る人は少なく、ましてやそれに就いている人の姿や考え方に接するのは困難です。
 先年、NHKテレビのドイツ語講座で「ドイツ:若者たちのプロフィール」というシリーズが放映され、そのなかで3回に分けてこの代替役務に就いている一人の若者の生き方が紹介されました。私はたいへん興味を持ってその放送を見ましたので、その様子を紹介します。
代替役務に就いている一人の若者の姿 〜 シュテファン君の場合
 シュテファン君(20歳)は、兵役を拒否し福祉の仕事に就いている。その仕事というのは、重度の障害を持つフランク氏の自宅に住み込み日常生活の世話に当たることだ。フランク氏は障害のため昼間は車いすでの生活で、軽い物は手に持つことができるが、コーヒーカップやグラスでは重すぎる。そのため、世話は食事を摂る、顔を洗う、着替え、排便後のしまつなど身の回りの介助、さらに調理、洗濯、部屋の掃除など家事全般にわたる。またフランク氏は仕事を持っていて、自動車で職場まで送迎する。シュテファン君はフランク氏の家の一室で暮らし、世話に当たっている。介護の時間は長いが自由時間はあり、その間に公園で運動したりする。
 シュテファン君は、兵役に従うよりは介護のほうが役に立てるのではないかと考え、代替役務を選んだ。兵士として知らない人を殺すのは良心に合わないからだ。
 彼はツィヴィになるまでは家事をやったことがなかったが、いまはこれに慣れた。この仕事に就いてから徐々に障害を持つ人との接し方、すなわち自分の偏見を取り去ることを学び、介護を要する人をお世話することが、個人として、より重要で決定的であると思うようになった、という。
 役務の期間は、15か月間。役務には報酬があり、兵役の場合に匹敵する月額900マルク。彼はこのお金で自動車を手に入れることもできる。
 シュテファン君の介護を受けるフランク氏の障害は、筋萎縮症による。フランクフルトの銀行で経営士の仕事をしていて、シュテファン君の送迎を受けている。あらゆる日常生活の世話をしてもらっていて、代替役務者(ツィヴィ)により自宅での生活を自立して営むことができている。ツィヴィなしでは施設に入って暮らさないといけない、と述懐する。
 ツィヴィは期限が来ると別の人に代わる。ツィヴィと一緒の暮らしでは、自分の空間を大切にし内的空間への侵入を互いに避けることが重要で、自分の居室には用があるときだけツィヴィを呼んで入ってもらうようにしている。
代替役務には審査がある。
 代替役務が認められるためには審査があり、単に軍隊へ行きたくないという理由では認められない。18歳の男子には徴兵の検査があり、兵役が身体的に可能かどうかの検査が済んだあと、市民と軍人による査問団の「良心審査」にかけられる。審査に合格するかどうかは、この場で兵役に就くのは良心に負担を感じるという主張をうまく説明できるかどうかにかかっている。
 ちなみに、女子には兵役の義務は課されていない。ただし、特別事態の際には召集されることがある。
代替役務への評価
 代替役務の内容としては、たとえば子どもたちと一緒のキャンプというような例もあるが、多くは救命活動、病院や老人ホームで働くなど、少ない報酬で大切な仕事をしている。かつては、ツィヴィは臆病者といわれ差別されていたが、いまは代替役務の人たちなしではこのような活動は成り立たないほどで、彼らが大切な仕事をしている、兵士より社会に貢献しているということを国民のほとんどが知っていて評価もしている。
基本法の上での根拠
 以上が放送内容の要約です。映像を紹介できないのが残念です。
ここであらためて、基本法の規定を見てみましょう。
 基本法第4条(宗教および良心の自由)第3項 「何人もその良心に反して、武器をもってする戦争の役務を強制されない。詳細は、連邦法律で定める。」
 基本法第12a条第2項 「良心上の理由から武器をもってする兵役を拒否する者には、代替役務を義務づけることができる。」
これが代替役務の根拠です。
従事期間の短縮、いまの報酬
 ドイツ(当時の西ドイツ)が徴兵制をしいたのは1956年7月でした。兵役期間は、その後何度か短縮され、それに応じて代替役務の期間も短縮されています。上に紹介したシュテファン君の場合は15か月でしたが、1996年1月からツィヴィの期間は13か月に短縮(兵役は10月)されました。いまは2008年7月から、9か月(兵役も同じ。)となっています。
 現在の報酬は、日額9.41〜10.95ユーロです。

資料




 NHKテレビ「ドイツ語講座」 1996年度放送(1997年度再放送)、「ドイツ:若者たちのプロフィール」(JUGENDMAGAZIN)
 小学館「万有百科大事典11巻政治社会」(昭和51年5月初版)、「兵役制度」
 平凡社「世界大百科事典29巻」(2006年改訂版)、「良心的兵役拒否」
 有信堂「世界の憲法集第四版」(2009年6月)、ドイツ連邦共和国基本法
 ドイツ大使館への照会に対する回答(2010年3月)
2010.3.12 佐々木 喜之
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