HOME 東海道 中山道 甲州街道 日光街道 奥州街道 脇往還 下妻街道を歩いています 最終更新日 H31/4/9  水海道から石下までをアップしました

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 下妻街道は中川の自然堤防の上に築かれた古道で、平安時代末頃には奥州への主要道路であった。
 前九年の役(1051~1062)と後三年の役(1083~1087)の際、奥州に向かった源頼義・義家父子の軍勢がこの道を通ったとされている。

 江戸時代に入ると、日光道中と水戸道中の中間を北上して下妻方面に通じていたことから「下妻道」と呼ばれるようになり、日光道中の脇往還として多いに利用されていた。

  千住宿で日光道中と分かれた下妻街道は綾瀬川、さらに中川沿いを北上し、吉川、野田、水海道、下妻、下館、益子を経由して喜連川で奥州街道に合流する約150kmの道程である。


(1)千住宿から八潮市八条まで

(2)八条から野田市山崎まで

(3)山崎から小山の渡しまで

(4)小山の渡し跡から水海道まで

(5)水海道から石下まで