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第62宿番場宿ばんばじゅく
 東山道時代から続く番場宿は山間の小さな宿場であったが、琵琶湖に
米原湊が開設されると物資の往来が盛んになり、天保年間には問屋場が
6ヵ所にも増えたという。しかし旅籠はわずか10軒だけという小さな宿場
であった。

 年配の方には「番場の忠太郎」が懐かしいのではないだろうか。

平成22年5月6日     平成20年3月3日に日本橋を出発、てくてくと468km、ついに琵琶湖が見えました。

 醒井宿を出て小1時間、北陸道の高架下先に「小さな公園」(左)があるが、ここは一里塚跡。

 江戸から117番目となる久禮(くれ)一里塚があった場所で「一里塚跡碑」(左)が建てられている。


 旧中山道は公園の右側を回り込んでいくが、その先は「山裾の のどかな道」(右)。車も人も通らない静かな街道だ。

 ほどなく「ここは番場宿です」(左)と手書きされた木製の看板が。ただの板切れではなく流木を使っているところがいいね〜。

 その先から宿場街に入るのだが、さっそく目にしたのが「問屋場跡碑」(右)。すぐ先にも別な問屋場跡碑が。

 問屋場は、宿場から宿場までの運送屋。江戸時代に入って米原湊が開設されたことから中山道経由の物資運搬が頻繁になり、天保年間には6軒もの問屋場があったのだとか。

 問屋場跡碑のすぐ先が県道との交差点であるが、この右側に立派な「番場宿碑」(左)が建てられおり、傍らには中山道分限延絵図の番場宿部分も添えられている。


 交差点向こう側に建てられている道標は「米原道道標」(右)。刻まれている文字は「米原 汽車 汽船 道」。湖東線(現東海道線)が開通した明治22年以降に建てられたもの。

 交差点を渡ると「脇本陣跡碑」(左)、その先に問屋場跡碑、さらにその先にあるのは「本陣跡碑」(右)。

 東山道時代は西番場にあった宿場であるが、米原湊が開設され米原道が開通すると、宿場機能が現在の東番場に移ってきた。

 宿場の長さは一町十間というから130m弱。中山道の中では最も小さな宿場であった。

 本陣跡碑の先左側に南北朝の古戦場跡 蓮華寺 ・ 瞼の母 番場忠太郎地蔵尊 と記された大きな標柱がある。これほどまでに主張されたら
通り過ぎるわけには行かないだろう。

 街道の左、真っ直ぐな道が名神高速に向っている。目指すはその先にある、聖徳太子の建立と伝えられる古刹「蓮華寺」(左)。

 本堂の前を通って右側の山へ上っていくと「北条仲時以下432名の墓所」(右)が見られる。

 足利尊氏に攻められた六波羅探題北条仲時は番場宿まで逃げたが佐々木道誉に行く手を阻まれ、ついに蓮華寺で仲時以下430余名が自刃。 寺に残された過去帳に自刃した武士の法名が残されているそうだ。

 本堂の裏に鎮座しているのは「番場の忠太郎」を記念した「忠太郎地蔵」(左下)。

 沓掛宿で紹介した「沓掛時次郎」は長谷川伸の筆で生み出された人物であるが、「番場の忠太郎」もまた長谷川伸の筆で生まれた人物。番場宿は忠太郎の故郷である。

 境内の一隅に
 松かぜのおときくときはいにしえの 聖のごとく我は寂しむ 茂吉
と刻まれた大きな自然石があるが、これは「斉藤茂吉歌碑」(右)。

 茂吉が子供のころ手習いを受けた宝泉寺の和尚が、後年、蓮華寺の住職になったことから、茂吉も何回か蓮華寺を訪れている。

 蓮華寺を出て街道に戻り西番場を通り過ぎると街道際に中山道碑が建てられており、その先は高速道路の脇を通る「山間の道」(左)。この辺りは旧中山道筋からはちょっと外れている。

 程なく名神高速のトンネル上に出るがこの辺りを小磨針峠と呼んでいる。その先は名神高速の脇を通る「下り坂」(右)。

 旧中山道は高速道路の建設で消滅してしまったが、脇に側道を用意してくれたので よし とするか。

 坂を下った先にポツン「道標」(左)が1本。右へ行くのか左へ行くのか分かり難い表示だが、ここは右へ。その先の「集落」(右)を通り過ぎると弘法大師伝説が残る「磨針(すりはり)峠」である。

諸国を修行する若き僧がこの峠にたどり着いたとき、老婆が斧を石で磨いている。「何をしているのか」と尋ねると「大切な針を折ってしまったので、斧を磨いて針を作っています」 この僧はハッと悟ったそうだ。「自分の修行はまだまだ甘い」と。後の弘法大師である。

 斧を磨いて針にする。つまり磨針。

 ほどなく磨針峠に到着するが、今は切通しになっており、かつてほどの厳しい坂ではない。

 峠には望湖堂と呼ばれた茶店があり、ここから琵琶湖を眺めた景色は中山道随一と言われていた。残念ながら平成3年に焼失してしまったが「望湖堂跡から眺めた景色」(左)は今も素晴らしい。
コメント:望湖堂跡に建物があるが、これは焼失後に建てられたもので望湖堂を復元したものではない。

 峠の先から大きくUターンしながら下っていく車道を、「旧中山道草道」(右)が一直線に横切っている。草道を麓まで下ると国道8号に合流し次の宿場である鳥居本宿へと入っていく。



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