大山街道 八王子道 道中記 八王子道の表紙に戻る

②田名から厚木・下荻野まで

前回終了した三菱重工正門前から出発。 県道63号の しろ坂 途中から旧道に入り田名八幡宮に寄り道して相模川の
久所(ぐぞ)の渡し跡へ。相模川を高田橋で越えたら再び旧道に入り旧小沢坂の急坂を上って行く。その先も旧道を探し
ながら中津まで来たら、かつては才戸の渡しがあった中津川を才戸橋で越える。 この先は県道63号を南下し神奈川
工科大学前まで来るとバス停があるので、今回はここまで。
街道地図
①八王子から田名まで     ②田名から厚木下荻野まで   ③厚木下荻野から伊勢原まで
令和2年6月26日

三菱重工前を出発して十数分、上四ツ谷バス停近くの交差点まで来たらちょっと寄り道を。

交差点を左へ曲がって向かった先は県道54号と交わる交差点際の「四ツ谷石神社」(左)。由緒によると寛永6年(1629)に四ツ谷集落の守神として奉られたもので、社殿が石造りであることから石神社と呼ばれるようになったようだ。

境内に多数の石仏石塔があるが、その中の「不動明王道標」(左)に「 是方 大山道 」と刻まれている。

街道に戻り十数分、県道54号に合流する左側に、この辺では珍しい「座り地蔵」(右)が2体。詳しい事は分からないが花が手向けられ大事にされているようだ。

県道に合流して5分ほど先の しろ坂 を下る途中に「多数の石仏・石塔」(左)が。 かなり風化が激しいが笠付き庚申塔には明和5年(1768)の文字。

その先の右へ下る細い道に「しろ坂」(右)と刻まれた標柱が建てられている。 坂の岩肌が白かったのでしろ坂。また、この先に横山党の嫡流横山広季の居館があったことから 城坂 とも。

そのすぐ先、歩道橋の前から右へ下る細い道があるが、ここが大山街道の旧道。坂を下った所に建てられた標柱に刻まれている文字は「旧大山街道」(右)。

標柱の前を左に曲がった4~5分先に鎮座するのは「田名八幡宮」(左)。毎年11月に行われる的祭(まとまち)は源頼朝の時代、法塔建立の際に行われた神事が起源と云われ今日まで伝承されているもので重要無形文化財。

社殿の左手裏に「ばんばあ石 じんじい石」(右)なる妙な石が鎮座している。その昔、日照りが続き作物が枯れそうになったとき「ばんばあ石」を相模川に沈めると雨が降ったのだそうだ。 願いが叶って雨になると石を川から引き揚げ元に戻すのだとか。この行事は江戸時代中期から始まり大正時代末期まで続いていたという。

ほどなく相模川の左岸に到着。堤防上に「久所の渡し碑と鮎供養塔」(左)が建てられているが、ここは対岸の小沢と久所(ぐぞ)を結ぶ渡しがあった場所。大山参詣の旅人がよく利用したことから宿場としても賑わっていた。

今は渡し舟がないので高田橋を渡って対岸へ。対岸は愛川町小沢だが、こちら側の説明版では 小沢渡船場跡。

橋を渡ったら左へ曲がり旧道へ入って行く。しばらく歩くと相模川の河岸段丘を上る旧道の「小沢坂」(右)に差し掛かるが、この坂がとんでもない急坂。目の前を歩く老人はなんと85歳だというがスタスタと上っていくではないか。脱帽。

小沢坂を上りきった所の擁壁の中に小さな「馬頭観音」(左)が4基。銘を見ると昭和12年、15年(1937,1940)等があり、つい最近まで主要道として使われていたことがわかる。

街道は一旦県道に合流し、すぐ先の丁字路交差点で右へ曲がり再び旧道へ入って行く。

旧道の入口に「大塚地蔵尊」(右)が鎮座。この地蔵も座り地蔵だ。傍らの説明板に彫像年代不明と記されているがかなり古そう。 小沢坂を上ってきたこの先の旧中津村に悪霊が入るのを防ぎ、旅人の安全を願って造立したのだろう。

地蔵尊の隣に大山道と刻まれた標柱と自然石の「道標」(左)がある。道標には 「ひがしゑちみち みなみ大山道 にし みませ道 きた 八王子みち」と刻まれているそうだが、ほとんど読み取れない。 

道標の前を進むとしばらくは旧道の細い道が続くがその先は旧陸軍飛行場が作られたため消滅。迂回して県道65号の一本松交差点までくると再び旧道に入れる。

旧道を10分ほど歩くと突き当りの左側に「大山道」と刻まれた標柱が1本。ここでちょっと寄り道を。右に曲がって数分歩くと「旧相模陸軍飛行場の正門 門柱」(右)が残されている。詳細はこちら

大山道標柱まで戻り7~8分歩くと丁字路際に「辻の神仏」(左)が祀られている。「双体道祖神」「馬頭観音」「賽の神」「庚申」などだがそれぞれの造立年などは分からない。

この丁字路を左へ曲がり集落を抜けると道路上をコンクリート橋が横切っているが、これは「旧相模陸軍飛行場の排水路橋」(右)。陸軍飛行場は舗装がされていなかったため雨天時はぬかるみとなってしまう。それを避けるために排水用として建設されたもの。今も雨水の排水用として使われているのだとか。

排水路橋の下へ来ると県道と並行して「坂本坂」(左)と呼ぶ旧道の下り坂が残っている。かなり急な坂を下ると坂本坂と並行していた県道がぐるーっと遠回りして合流。その先は県道をてくてくと才戸橋へ。

才戸橋を渡った右側の公園入口に「旧才戸橋の親柱」(右)が残されており、入り口を入った右側の石柱は才戸の渡し碑と大山道道標。 渡し碑には「・・・武蔵国八王子と矢名村(現秦野市)をつなぐ矢名街道の渡しで大山参詣道として大変な賑わいだった」とある。 
大山道道標に刻まれた道筋は「西 大山道 東 八王子道 南 あつぎ道」。

才戸橋を渡り20分ほど歩いて厚木市下荻野の神奈川工科大学前まできたら今回の街道歩きは終了。バスで小田急線の本厚木駅へ向かった。

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