『とんがった10のお題/塔(リョーマ×海堂)



 アンタが好きなんだけど。
 もう何度目か分からない告白を、リョーマは今日も繰り返した。もう皆帰った後の部室はがらんとして、その声はよく通った。リョーマが居ることなどちっとも気にしないで着替えていた海堂は、視線だけをちらりとリョーマに向けて、けれど直ぐに何事もなかったように目を伏せる。
 また失敗か。リョーマはため息を付いて、ずるずると長机にうつ伏せた。一番最初にリョーマが『好きだ』と告げたとき、海堂はしばらく固まったあと、『そういう冗談は嫌いだ』と怒った。リョーマが真剣なのだと言えば、もう一度考え込んで、『そうか』とだけ言った。それ以来、リョーマが何度告白しても、海堂は何も言わない。
「…………テメェは何で残ってんだ」
 きちんと袖口のホックまで止めてから、海堂はようやく後輩に声を掛けた。リョーマは突っ伏したまま顔だけを向けて、まだ汗で髪が肌に張り付いている先輩と目を合わせる。そんなのアンタが居るからに決まってるじゃん、というのは、思っていても口には出せない言葉だった。海堂が負担に思うことを今、もう一度言ってしまったら、きっと海堂は逃げる。妙な確信があって、だからリョーマは用意しておいた理由を言った。
「現代文法で、分からないトコがあって。海堂先輩教えてくれない?」
 机に伏したままボソボソと言ったリョーマが、海堂には気に食わなかったらしく、すこしだけ眉根が寄った。けれど海堂は無言でリョーマの斜め向かいに腰を下ろし、顎で早く教科書を出せとリョーマを促した。いつもより荒っぽい仕草は、機嫌を損ねた証拠なのだが、やり慣れていない様子がリョーマには何だか可愛らしく思えた。鞄を覗き込む陰に隠れて、リョーマの唇がゆるんだ。
「…………こういうことは、もっとに早く言え。完全下校まで、もう20分ねぇぞ」
 “分からないトコ”どころか分かっている所のほうが少ないリョーマの理解度に、海堂は舌打ちしつつも丁寧に説明していく。時々リョーマに活用を唱えさせながら教えていく最中、海堂がぼそりと言った。リョーマはスイマセンっす、と適当に軽く返して海堂に睨まれ、けれどアレ、と思う。
 それはつまり、もっと早くに言っていたら、海堂が自主練を早めに切り上げてくれたという事なのだろうか。リョーマが海堂の横顔をぽかんと見た。
「大体こういうのは理由が分からなくても何度も唱えてる内に、なんとなく覚えていくもんだ。…………まあ、お前は帰国だから、ちょっと違うんだろうけどな。赤点の理由にはなんねぇぞ」
 海堂はリョーマにクギを指しながら、まっしろな教科書のポイント部分から次々とリョーマに質問を出し、同時に説明を書き込みチェックを入れていく。結局、重要部分のほとんどをリョーマは答えることが出来なくて、海堂はジロリをリョーマを睨み付けた。リョーマが悪びれた様子もなく肩をすくめる。海堂の目がすっと細まると、パチンと硬い音が響いた。ペンの尻で、海堂がリョーマの額を弾いたのだ。リキッドペンの金具部分が海堂の手元から半円を描くように勢いをつけて当たったリョーマは、突然の痛みに言葉も出なかった。思わず長机につっぷすと、代わりに海堂はしらじらしく(本人的には本気で)、「やる気ないんなら、帰るぞ」と言って席を立つ。
 それは困る、と少し慌てたリョーマが口を開きかけたとき、海堂が、「これからヒマか」と聞いてきた。それが一体何なのか、リョーマには分からなくて、とりあえずコクリと頷く。すると。
「オレの、去年の試験の問題とか、小テストとかが、まだ家にある。それやるから、参考にして勉強しろ」
「はあ……」
「分かったら行くぞ。じきに正門が閉まる」

 さっさと帰り支度を整えて部室の鍵を閉める背中をみながら、同じく急いで支度を整えたリョーマは考える。
 『これからヒマ』で『家にある』で『行くぞ』。
 告白にはこたえもしないくせに、なんだか耳に甘い言葉ばかりが流れ込んだ。
 高い塔の上から、ぷらんと、一房の髪が垂れているような幸運に思える。
 リョーマは、これが魔女のかつらではありませんように、と祈りつつ、背を起こし先を歩き始めた先輩のあとをくっついていった。







初出:2005/01/14、日記にて
ページ作成:2005/02/18



お題置き場に戻る