『とんがった10のお題/三角(仁王×柳生)



 貴方の答案用紙には情熱と気迫が足りないのです、と柳生は言った。気迫はともかく情熱にはとんと縁遠そうな柳生から出た言葉に、仁王はぷっと吹き出してしまう。それを見咎めた柳生は、ますます苛立ったように眉を寄せた。
 二学期の終わりの日、式だけで帰れる今日の始業は少し遅い。けれど部の朝練はいつもどおりに始まりいつもどおりに終わったので、仁王は柳生を自分のクラスにひっぱりこんで朝の教室にふたりきり、と洒落こんでみた。のだが、期末最終日に早々戻ってきた解答用紙を机に突っ込んでいたのが柳生に見つかり、現在に至ってしまった訳だ。もっとも、ふたりきりに変わりは無いので仁王としては中々悪くない。
「答案用紙というのは、教師への意思表示なのです。分かる問題ならどれだけ完璧に理解出来ているのかを見せて、分からない問題ならどこまで理解出来ていてどこから分からないのか、あるいはどこが分からないのかも分からないのか、きちんと見せるべきなのです。試験というのは、そのためにあるものなんです。……それが何ですが、貴方のこの解答は」
 柳生は一息に言ってしまうと、ふうと息をつく。仁王はそれをニヤリと笑って眺めた。コレ、と言って柳生がヒラリと振ったのは、仁王の期末試験の採点済み解答用紙。教科は公民だ。100点満点中61点、平均点は68点。明らかに理系の仁王にとってはそれほど酷い点数という程でもなくて、それは勿論柳生にだって分かっていた。けれど柳生が問題にしているのは点数ではなく、解答用紙から見える仁王の取り組み方のことだった。
 仁王の答案用紙は非常にシンプルだった。解答欄が埋まっている場所は朱の丸がつき、その他の部分は空欄に大きなバツがつく。文章解答欄はいづれも真っ白で、消しゴムを使った形跡はない。考えたり、ためらったりした跡はどこにも見られなかった。
 分からなくて書けなかった、というなら、柳生だって怒りはしない。けれど仁王は違うのだ。試験の後、部室で問題用紙を広げ皆で答えを確認したときには、今回の試験で96点を取った柳生より少し落ちる位で正解していたのだ。それなのにこの結果は何だと、柳生は仁王を睨みつける。
「オレにはそれが精一杯よ?中途半端は嫌いとね」
 柳生を面白がるような笑顔を崩さないまま、仁王はちょっと肩をすくめる。柳生は無言で見下ろして、続きをうながす。
「はっきり分からんもんを何とか書いて、そんでお情けみたいに三角つけられて途中点もらうんは性に合わんよ。間違っているかもしれんことを書きとうない」
「何ですかソレは……」
「カッコイイっしょ?」
 仁王が上目遣いに柳生を見上げると、あきれたように笑っていた。仕方ない子供を相手にしたように、ひとしきりクスクス笑うと、柳生は少し考えてから口を開く。
「三角がきらいですか?中途半端が嫌い?」
「んん?うん」
 にっこり笑顔で、最終確認のように確かめられる。仁王は何となく嫌な予感がした。
「良い心掛けかもしれませんね。じゃあ仁王くんのためにハッキリしましょうか。恋人か、部活仲間か、赤の他人か。どれだと思います?」
「うん……?」
 さらり、と凄いことを聞いた気がして仁王の顔から笑顔が消える。それを見た柳生はますますにっこりして、ちょんちょんちょん、と宙に三つの点を示した。
「今がここだとして、仁王くんはどの頂点に行きたいですか?」
 ここ、と言って三点の真ん中あたりを指差した。仁王の嫌いな三角が、お互いの間に現れる。柳生が何を言いたいのか、仁王はなんとなく分かった気がした。
「どの頂点の『恋人』か、オレには分からんのに聞くと?」
「今ならどの頂点も内包してます。でも一度決めてしまったら動かすのは難しいですよ」
 仁王は柳生が好きだと、随分前に伝えていた。柳生はこれから考えてみると保留した。まさに今のふたりの状況を、柳生は三角形に例えてみた訳だ。柳生はもういちどニコリと笑う。
「それでも三角はお嫌いですか?答えに自信がないとしても、貴方の努力は示すことができますよ。お情けの途中点では嫌ですか?」
「…………お情けでも、なんでも。おんしの前向きい考えてくれるなら、何でも良い」
 仁王は完敗した気分でべしゃりと机にうつぶせた。柳生に態度をハッキリさせろなど言って、上手くいく自信などちっともなかった。柳生はきっと笑っているのだろう、不揃いな息が上から落ちてきていた。
「じゃあ、次からは途中点でも貰えるように頑張ってくださいね」
 してやったりと言わんばかり調子に、それでも柳生がこんなに素直に機嫌の良い声を出すのは珍しいと、少し喜んでいる自分がいて、もう笑うしかない仁王だった。







初出:2005/01/10、日記にて
ページ作成:2005/02/18



お題置き場に戻る