『とんがった10のお題/金平糖(リョーマ×海堂)



 ぐ、と手を突き出された。握った手のひらに何か持っているらしく、海堂先輩は無言でそれを押し付けようとしてくる。オレが受け取らずに不機嫌そうな顔を見上げていると、苛立った声が落ちてきた。
「やる」
 端的な短い言葉。いつものそれが説明不足なのは本人も自覚しているが、何をどう言えば良いのか分からないのだと、何の機会にか漏らしたことがあった。その時は何て不器用で幼い人だろうと呆れたものだけれど、今になれば思わず笑みが浮かんでくるほどこの人らしい。確かに言葉は足りないけれど、この人が言うのは本当だけだ。飾り立てた社交辞令とは程遠い、真っ直ぐに心が透ける言葉は、酷く気を楽にしてくれるものだった。
「バレンタインにはまだ早いっスよ」
「馬鹿か、死ね」
 ……真っ直ぐに心が透ける言葉は気を楽にしてくれるものだ。下手に期待を持たされるよりは、多分、ずっと良い。あっさり切り捨てられた軽口の、半分くらいは本気だったとしても。オレは少し地面にめり込みながら、押し付けられた手のひらの中身を受け取った。
「何スかこれ」
「開けりゃ分かんだろ」
 不機嫌続行中の海堂先輩はにべもない。いつも以上に取り付く島のない態度の理由はなんだろうと、内心首を傾げながらオレは受け取ったものをまじまじと見た。和紙で出来た包みの口のあたりは、カラフルな糸を縒った紐で可愛らしく結ばれている。古風な印象のそれは、いかにも女の子が好きそうな包みだった。解いてみると、ころりと手のひらに転がり出てくる、甘い匂いのとんがった小さなもの。金平糖だ。
「どうしたの、コレ」
「貰った」
「誰に」
「知らないひと」
「貰うなよ!」
 思わず敬語を忘れた。あからさまに海堂先輩がむっとした顔をする。眉根をぎゅっとよせて唇が曲がる。あちこちにシワがよって陰が出来て、かなり迫力のある顔だ。けれどそれが怖いとか恐ろしいとかは思えない。
「……テメェに言われる筋合いじゃねえ。つか、テメェのせいで貰うハメになったんだかんな、ちゃんと受け取りやがれ」
 低く唸る、ドスの効いた声。ああ怒っちゃったな、と困るのだけれど、嬉しかったりもするのだから始末が悪い。けれど一歩引いた風で冷ややかに見下ろされるより、怒られるほうがずっと良いのだ。フーッと威嚇する猫のような姿に、頬がゆるむ。海堂先輩はさらに唇をひんまげた。可愛い。
「なんでオレのせいなんスか?」
「……………………電車で」
「電車?」
 しばらくじっと考えたあと、海堂先輩は少しだけ唇の端を上げた。そしてようやく出た言葉は意外なものだった。オレたちは通学に電車を使ったりしない。休日に出かける時に乗るくらいだ。なぜ電車内でオレのせいで金平糖を貰うことになるのか、見当がつかなかった。海堂先輩はオレを見て、また少し笑う。
 オレは、話とは全く関係のないところの普段あまり見られない表情に、いちいちドキリとしてしまう。そんな自分が可哀相やら可愛いやら、なかなか複雑だ。その間にも海堂先輩は楽しそうに言葉を繋げた。
「昨日、電車で。座ってたおばあさんに手招きされて、貰った。駅で同じ制服の同じようなバックを持った子に親切にしてもらったからって。体は小さくて目の大きい、少し大人びた男の子だった、て。お前だろ、親切な男の子」
「貰ったのはアンタっスよ、オレ関係ないっス」
 途中から、何を言われているのか分かって顔が熱くなっていた。黙っているのが恥ずかしくて憎まれ口を叩くと、海堂先輩は珍しく、ニヤリと意地の悪そうな笑いかたをした。何となくしたことを褒められて、かつ人に知られてしまうのは、なぜかやたらと恥ずかしい。恐らく海堂先輩も、最初は電車のなかでお婆さんに話しを聞き、物を貰ってしまった自分が恥ずかしくてオレに当たったのだが、オレのほうがもっと恥ずかしいことをしたのだと気付いて今に至る訳だろう。――海堂先輩が人をからかうのは初めて見る。
「イイコだな、越前」
 楽しそうに、ぐしゃりと髪をかき混ぜられた。普段ならお返しに抱きついてみせる(そして怒らせる)位はするのだが、今は手のひらに乗ったままの二粒の金平糖に動きを封じられてしまっている。完全に攻守が逆転したやりとりに、オレは顔を赤くしたままぐっと唇をかんだ。








初出:2005/02/07、日記にて
ページ作成:2005/02/18



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