『とんがった10のお題/ココロ(リョーマ×海堂) *注意*劇場版ネタバレを含みます。大丈夫な方のみスクロールして下さい。


























 無造作に体重を預けてきた背中は見た目そのまま、とても小さくて、いっそ壊れてしまうのじゃないかと思う程だった。人の両腕を掴んで、胸の前でぎゅっと抱き込む姿は自分勝手でワガママなように見えるけれど、今はなぜだか、体温にすがる子供の仕草に思えた。お陰でいつものように振り払うことが出来ない。
 生意気で傍若無人。小憎たらしい後輩は、いつだって神経を逆撫でしてくれる存在だ。けれど、それでもそのままが良いと、海堂は思った。そうでないと自分まで調子が狂って仕方ない、と。チッと小さく舌打ちをすると、海堂はされるがままになっていた腕に自分の支配を取り戻す。胸でぎゅっと海堂の腕を抱いていた越前は、突然の抵抗に一瞬だけあっけにとられたような顔になると、すぐにムッと唇を曲げた。本当に、おかしいほど今日の越前の鎧は脆い。その原因を思うと海堂は胸が苦しくなるように、感じた。自由になった両腕で、ゆるく越前を抱き込む。後ろから包み込むようにすると、越前の肩も背中も簡単に海堂の内側に入ってしまう。12歳の子供の、まだまだ発展途上の身体だった。
「きもちいい」
 海堂が腕をまわした瞬間ぴくりと跳ねた体は、けれど直ぐに力を抜いて、ふたたび海堂に背中を預けた。その声は鎖骨のあたりに載せた頭から骨を伝って海堂のからだに響く。越前の、溜め息のような気の抜けた声に、海堂も表情をなごませた。
 まるで冗談のように船が沈んでしまって、それでも何とか救助されて。着の身着のままズブ濡れたまま、巻き込まれた中学生の青学一行は警察に保護された。大掛かりな賭博に関わったことから、形ばかりではあったが全員が事情聴取を受けることとなり、結果、予定外のもう一泊を強制された。着替えが与えられ、警察署内の柔道場に布団が用意され、そして現在に至る。「合宿みたい」と菊丸が漏らした一言で、一行は少し笑った。けれど、物々しい場の緊張感とひとつ違えば死んでいたかもしれない事態の大きさに、どうしても息の詰まるような感覚が抜けていない。
 格子のはまった窓から射し込む月明かりが、眠る彼らを照らしている。夢のなかでも顔をこわばらせた者が少なくない。海堂はその光景を眺めながら、壁に背を預けて、越前は海堂にもたれていた。薄い布ごしに、お互いの体温がまざりあう。海堂は、胸にのった小さな頭に手を置いた。そして静かに髪を梳く。
「今日は優しいっスね」
 丁寧に動く手を上目使いにちらりと眺め、越前が海堂をからかうように笑う。それでも海堂は怒る気にはならない。心持ちうつむいて、兄だと言い張るひとから受け取ったオレンジをもてあそぶ後輩はどう見ても、傷付いて拗ねている子供だった。言葉とは裏腹に、海堂の手のひらに頬をよせてくる。貪欲に体温を求めるしぐさ。突然現れて再び消えた、越前をそのまま大きくしたような人物は、越前の弱いところを剥き出しにしたらしかった。
 海堂は詳しい事情を知らなかったし、特に知りたいとは思わなかったが、奇妙に幼い今夜の越前を突き放したいとも思えなかった。保護欲を刺激されるような気すらした。つかの間の兄か、内心畏怖する父親か、越前が自分を誰かと重ねているのがぼんやり分かっても、別に良いかと思えてしまう自分自身が不思議だった。
「ねえ、オレが好き?」
 軽くみじろぎして越前は海堂を見上げる。猫のような仕草に、海堂は口の端をほころばせた。尊大にふるまうくせに不安な気持ちが揺れる越前の視線は、息が詰まるくらい重い。冗談めかした問いがひどく真剣なことを海堂は知っていた。そして、知っているからこそ、裏腹な応えを返す。
「嫌いだ」
「ふーん。オレは海堂先輩が好きっスよ」
「言ってろ」
 冷ややかな受け答えに越前は、からだにまわされた長い腕に自分の手を重ねて、更に近くに体温を寄せた。たとえ海堂が違う応えをしていても同じだっただろう。越前は不安だったし、思うままに操れない言葉よりも、すぐ傍にいて伝わる温度のほうが何倍も説得力があった。いつも通りの海堂の言葉は、むしろ越前を落ち着かせる。強すぎる刺激の連続に荒立った心が凪いでいくのを越前は感じていた。
「ねえ」
「………………なんだ」
「身代わりなんかじゃ、ないっスからね」
 抱き寄せた腕に擦りついて、越前は呟く。肌と肌のあいだに在る木綿の布が、ひどく邪魔だった。大分落ち着いてきた自分を自覚しながら、けれど新たなもどかしさを感じていた。もっと傍に居たいのに。チリリと、熾火のような衝動が生まれる。
 越前の肩の辺りを二度、海堂の手のひらが撫でていった。








初出:2005/02/16、日記にて
ページ作成:2005/02/18



お題置き場に戻る