『無意識な10のお題/泳ぐ視線(仁王×柳生)



 ……聞いていらっしゃいますか?
 ああ、うん、もちろん聞いとるにきまっとるよ。
 仁王と話せば五分に一度は繰り返される会話。いい加減慣れてしまってもよさそうなものだけれど、それでも柳生は仁王の態度が腹立たしい。腹立たしいだけならまだしも悔しいことに、よそに向けられた視線に不安まで感じてしまうものだから、仕方なしに同じ言葉を繰り返す。そして仁王もニコリ、と毎度同じ笑顔を返すのだ。けれどその三分後には仁王の視線は揺らいてしまい、五分後には不安に耐えかねた柳生がまた同じ言葉を繰り返す。いい加減不毛。そしてその不毛さに、仁王が気づいていないことこそが、柳生にとって一番虚しいところだった。
 わたしと一緒にいるのが嫌いなのだろうか、他に一緒にいたい人がいるのだろうか。
 柳生はちらりと考える。けれど、すぐにそれはないなと打ち消した。それは傲慢なほどの断定だった。けれど柳生は仁王が自分以外の人間とふたりきりで居る所など見た事がなかったし、実際仁王も柳生以外とつるんだ試しがなかった。
 仁王は人が嫌いというわけではない。ひとりで居たいわけでもない。けれど仁王が思うままに動けば、いつの間にか周りには誰も居なくなっていた。人に合わせてまで誰かと一緒に居たいとはちっとも思わなかったから、ふと気がつけば、仁王の隣にはいつだって柳生が居た。
 柳生は仁王が自分にあまり意識を向けていないことを知っていたけれど、無意識で一緒に居られるのだから自分は間違いなく彼に好かれているという自信があった。仁王が無自覚に他人に向けるえぐるような冷たい言葉と態度を、柳生は傍から何度も眺めてきた。自分に降りかかってきたことは一度もなかった。それは柳生の自信の大きな根拠だった。ふわふわと世界をさ迷う仁王の視線が、必ず自分に帰ってくることを知っていた。けれど、それでも、不安が無くなる訳ではない。
 そら、また何かを見つけてしまう。
 柳生にとっては、ほんの二分か三分か、あるいは一時間かそこらで自身を取り巻く世界に変化あるとは思えない。けれど仁王にはその変化が見えてしまうそうだった。目を合わせ話していたはずの仁王はフワリと何かを追っていき、次第に目だけでなく耳も思考もみんなそちらにやってしまう。もう五度、同じやり取りを繰り返していたものだから、柳生はすっかり痺れを切らしていた。そして柳生は、仁王の視線を引き戻し、しばらく自分に押し留めておくための手段を知っていた。
 柳生は椅子から腰をあげ、お互いの間にあった机に片膝を乗り上げる。突然の、柳生のキャラクターにちっても似合わない行動に仁王はぎょっとして柳生を見る。これで柳生は一段階クリアー。口の端を吊り上げる。
 驚く仁王に柳生は攻勢の手を緩めない。ぽかんと見つめてくる仁王に微笑むと、机についた両手で体を支えてズッと身を乗り出す。そのまま顔を突き出して、仁王の頬に口付ける。柳生としては、唇ではなく頬であることがポイントだった。
 触れるか触れないか、そっと掠めてすぐ離す。柳生はちらりと仁王を見上げた。が、それは上手くいかなかった。仁王が柳生の両肩ときつく掴む。次いで性急に唇を重ねた。
 仁王にきつく抱かれながら、口付けに応えながら、柳生は苦しい体勢に少しだけ顔をしかめる。けれど内心ひそかに笑う。これで二段階目もクリアーだった。そして、最終段階ばかりは仁王に掛かっていた訳だったが、この分なら問題ないだろうと、柳生は両手を仁王の肩に回す。柳生の重みを身にうけて、仁王はあっさりと床に倒れこんだ。

 ……お後がよろしいようで。








初出:2004/11/19、日記にて
ページ作成:2004/12/08



お題置き場に戻る