『無意識な10のお題/妄想(仁王→柳生)



 ひたすら甘い、とろけるような笑顔が目の前にあった。全てに対して平等に、冷ややかな位の礼儀正しさで接するいつもの様子は不思議な位になりをひそめ、ただオレだけに甘い。長い指がオレの髪を梳いては離れる。髪の毛越しの体温が行ったり来たりする感触が気持ちよくて、思わず喉を鳴らした。ふたりきりの休日の午後、練習でくたびれた体を同じベットに投げ出して、何をするでなく漫然と過ごす。西日が射し込む部屋の中は、もう秋も終わってしまうのが嘘のように暖かかった。
「どうかしました?」
 柔らかい笑顔はそのままで、仰向けのオレを覗き込むように見下ろしてきた。その後ろで、室内のほこりが光をはじいてキラキラと輝く。光に包まれた眩しい笑顔は、まるでお釈迦様かマリア様のように見えた。ホウと感嘆の息をついて、けれどその笑顔が自分のものであるのを確かめるため手を伸ばす。橙の日差しに染められた輪郭を、顎の先から頬の上まで。すうと指でたどれば、笑顔はさらに深くなった。そしてオレの手に手が重ねられ、指先がその唇の上に導かれる。カシリと軽く、小指を齧られた。「署名です」と笑う声に、果たしてこれは聖痕か、と頭のぼけたことすら思いついてしまう。
「好いとうよ」
 口をついて飛び出た言葉にきょとんとされる。けれど直ぐに笑顔になって、今度はオレの上に倒れこんできた。二人分の重さを一箇所に受けてベットのスプリングが鳴る。照れた笑顔が少し俯き、オレの肩に重なった。オレは重みを心地よく受け止めて、さっき自分がされていたのと同じようにその髪を梳きはじめる。
「そんなの、今更。知ってるに決まっているでしょう」
 貴方はやっぱり変な人だ、そんな可愛くないことを呟く声が愛しくて仕方ない。好き、可愛い、愛しい。肩口にのっかった頭に繰り返しささやけば、初めこそ照れていたが次第に可笑しくなったようで、クスクスと小さく笑い続けた。
 多分、幸せというのはこういうこと。オレは満たされた気分で目を閉じる。

 そして仁王が目を開ければ、カーテンも開いたままの、すっかり暗くなった部屋があった。暖かかった昼間の空気は全て逃げて、室内はシンと冷えきっている。一階から響くのは、「ハルーごはんー!」という姉の叫び声。
 仁王はふるりと頭を振ってベットを降りて、トントンと階段を下りていった。







初出:2004/11/24、日記にて
ページ作成:2004/12/08



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