『無意識な10のお題/髪を梳く』(仁王×柳生+海堂)



「…………あの……」
「……ああ。これは失礼しました、ごめんなさい」
 ぴしりと固まってしまった海堂に気付いて、柳生は慌てて手を引っ込めた。海堂は自分の髪から離れた柳生の手を確認してようやく全身に込めていた力を抜いた。その緊張しきった様子を見て、柳生は無意識に手が伸びてしまったとはいえ悪いことをしたと反省する。
 全国大会9日前。柳生と海堂はABCオープン決勝の会場で六里ヶ浜中の生徒に絡まれ、成り行き上お互いを演じてダブルスを組んだ。試合自体はごく他愛ないものだったが、二年生ながら侮れない海堂のプレイを間近に見ることが出来たのは柳生にとって大きな収穫だった。態度や口調の粗暴な雰囲気に反し海堂はパートナーと呼吸を合わせるのが上手く、柳生を驚かせた。そして六里ヶ浜中の生徒が帰った後お互いのユニフォームを返し、最後に柳生は海堂に借りていたバンダナを返した。バンダナを受け取った海堂は、それを自分に巻き直す。柳生はその姿を見るともなく見ていたのだが、ふと、手が伸びてしまったのだ。バンダナからこぼれた首の辺りの、何の拍子かフワリと浮き上がった髪。その軽そうな感じに既視感を覚えて気が付けば指が触れていた。そうして海堂は車道の真ん中の猫のように固まった。
「柔らかそうだなと思って、つい」
「………………………………そうっスか」
 言い訳をする柳生に、海堂は物凄くいぶかしげに返事をした。柳生はこれはもう仕方ないなと苦笑した。幸村を侮辱した六里ヶ浜中に対する潔癖な態度といい今の様子といい、それにプレイスタイルといい、随分素直で真っ直ぐな子だと柳生は海堂を判断する。うちの部の二年がこの子のようなら良かったのに、と愚痴めいたことを考えて、けれどすぐに打ち消した。うちには素直でないのが二年生エースだけでなくて少なくとももう一名はいる、海堂ひとり貰ったところでどうしようもないなと。握手を交わし海堂と別れた後、柳生は少し笑って先程の柔らかい髪の感触を思い出し、そのもう一名の感触を思い出していた。彼のトレードマークのような襟足のしっぽ。顔に当たると少しくすぐったい、けれどふわふわとして気持ち良い感触の柔らかい髪。そうして思う、やっぱりダブルスのパートナーは海堂でないほうが良いな、と。




初出:2004/12/04、日記にて
ページ作成:2004/12/08



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