このうそつきめ



 コイツの認識を改めなければな、と思った。

 この12月も押し迫った冗談のように寒い日に、寒さ窮まる屋上までわざわざ追いかけてきた馬鹿だ。いつもキッチリと整えて耳に掛けている真っ直ぐの前髪は、吹きすさぶ寒風にあおられてグチャグチャになっている。みっともなくも哀れだった。教師連中以上に口煩くてお固くて、生まれながらの委員長タイプの柳生にしてはあんまりにらしくない姿だ。フ、と笑ってしまってから、しまった、と思う。興味を示しては、わざわざ相手に話しかける口実を与えてしまったようなものだ。失敗した。お陰で後ろからの強い風に気を取られていた柳生が、すこし口元を緩めて、こちらに寄ってきてしまった。先程ガチャガチャと慣れない感じで喧しく開かれた、分厚い鉄の扉に何事か、と起こしてしまった体をもう一度倒す。広い屋上のど真ん中に寝転がると、わたがしのように薄い雲が西から東へ、すごいスピードで押し流されていくのが見えた。
「仁王くん、ここに居ましたか」
 やっと見つけた、と言わんばかりの口調が押し付けがましい。部活が同じという以外には、特に接点もなくクラスも性格も付き合う友人も正反対の自分と柳生が親しく付き合っている訳がない。だからそこ何か用があって来ているのだろうし、期末試験明けの久々の部活をさぼって屋上で寝っ転がってるオレを探すのは結構なホネだったろう。尤もそんなことはオレには関係のないことだ。けれど、それでも、すぐ隣で立ち止まり、はあっ、と息を整える様子はオレにあてつけいるように思えて気に障る。そう、柳生の、自分は正しいのだ、と信じて疑わないのが滲み出ている態度はいつも、何かとオレを苛々させるものだ。
 視線を合わせるためだろうか、柳生はひょいと首を伸ばしてオレの真上に顔を突き出した。派手ではないが整った、年齢以上に落ち着いた感じのある顔立ち。膝から下が嘘のように長い八頭身体型といいクソがつく位に真面目な性格といい、あまりに作り物くさくてオレは到底好きになれないが、きっと女にもてるだろう。しかも本命馬だ。そう思うと更に苛々が増しそうなのだが、今ばかりはそれがかえっておかしくて笑ってしまった。無意識に唇の端が吊り上がってきて、堪えきれず噴き出す。
 端正な顔の中心を占める、華奢なフレームの柳生の眼鏡。柳生の優等生イメージを確固たるものしているそれはしかし、今、持ち主を道化に変えていた。
 大真面目に引き結んだ唇の上にあるメガネは、ききすぎるほど暖房のきいた教室内から冷え切った屋上に飛び出したためだろう、薄いレンズを真っ白に染めていた。こちらを見下ろしてくる目は曇ったレンズに隠されて見えない。顔の中心がポッカリ抜けたその顔は締まりに欠けて、とても間抜けに見える。“紳士”という呼称は到底不似合いな姿だ。発作的な笑いが止まらず、とっさに声を抑えた反動で、腹筋がヒクヒクと痛くなってきた。柳生がいぶかしんで、まじまじと見下ろしてくる。
「仁王くん?」
「……お前、ちゃんと見えとうと?それ」
「……はい?」
 それ、と顔の中央に向けてピッと指を伸ばしたらば、柳生は人を指差すマナー違反が気に食わなかったのか、ム、と眉根を寄せて不機嫌な表情を作る。しかし何を言われているのかは皆目見当がつかない様子で、眉間にシワを作ったまま聞き返す。その間もメガネのレンズは曇ったままで、いつもなら丸井程度は黙らせる柳生のしかめ面も、何の迫力もなく締まらなかった。気の合わないクソ真面目な堅物。けれども今ばかりはどうにも抜けていて、ひどく新鮮だった。
 ゴロリと寝転がったまま、真上にある柳生のメガネに指を伸ばす。まだ息の整わない柳生は反応が遅くて、掌の熱が伝わるくらいにオレの手が近寄るまでは全くの無警戒だった。さすがに眼鏡のブリッジに指を掛けた瞬間には、とっさに身を引くように背を伸ばそうとしたものの、すでにオレの片手がその肩をがっちりと押さえていた。白く曇ったレンズの眼鏡が、スルリと掌に落ちてくる。柳生の体温が移ったそれはまだ外気に馴染まず、指先にほのかな温かみを伝えた。
 目を開けたまま勢いよく眼鏡を取られた柳生は、急に焦点がずれてくらんだのか、一層深く眉根を寄せて指をあてた。指の隙間から、固く閉じられた柳生の目元にうっすらと涙がにじむのが分かる。一瞬、悪かったかもしれない、と思ったが、そんなことは初めて至近距離で見た裸眼に意識が奪われる。固く閉ざされていても分かる、切れ長で気持ち吊り上った目付きはひどく酷薄な印象で、誰に対しても“いい人”の姿勢を崩さない柳生に不似合いに思えて驚く。それと同時に、眼鏡ひとつでここまで人の印象は変わるものかと感心した。柳生の両肩を掴んだまま、思わず身を起こしてまじまじと眺める。オレの体重を預かる形になった柳生はいきおい膝立ちに体勢を変える。これ以上はないほど、眉間のシワが深くなった――ますます別人のように、人相が悪い。
「…………何なんですかアナタは」
「それはこっちの台詞やけん」
「何がですか」
「大嘘吐きめ」
「はい!?」
「嫌いやなかがな、そーいうの」
「それは、どうも……」
 近視の人間がよくやるように、目を眇めて柳生は見下ろしてくる。こちらの言っている意味が理解出来ない、と、呆れと小馬鹿と、少々の焦りを含んだ視線はいっそ心地良い。レンズの奥に隠された正直な感情なのだろう。取り繕った普段の柳生より、よほど好みだ。思わず楽しくなる。
「アナタは本当に、言動の分からない人ですね……」
 呆れて力の抜けたような柳生が、軽く頭を振ってから、へたりと膝を崩して座り込む。全てこちらが悪いのだと暗に訴えるその言葉に、だからそれはこっちの台詞だと、もう一度繰り返してやった。けれどこの言葉はきっと、届いていないだろう。柳生は自分を信じて疑わない、他人の意見など、上辺で流して吐き捨てるだろう。多分そういうタイプだ。
 目の前にある、ボサボサ髪の目付きの悪い兄ちゃんの顔をまじまじと眺めた。全く、どこが、紳士だろう。こらえきれず、口の端が上がった。






におやぎゅ馴れ初め第一弾。
柳生は素でドライな人だと思うんです、マナーなんかには煩い分それ以上は割合どうでも良い人。あるいはそれ以上に気付かない人。そこを仁王がツンツンと弄ってあげて欲しい訳です。そして時に柳生に翻弄されても欲しい訳です。
つまりラブ……!
20040104 ナヴァル鋼

アニメ設定があきらかになってからどうしようかと引っ込めたものの、自分としては気に入っているためアップ。
20040722 ナヴァル鋼