恒常のひと  (謙也×オサム)





 非常灯がぽつりぽつりと照らすだけの暗い廊下の先、古い木製ドアの隙間から光が伸びていた。学校の廊下のタイルはテカテカと反射して、そのドアの前だけ、ほのかなスポットライトを落としたようになっていた。明るいという程ではない。けれど今の謙也にはその位がちょうど良かった。音を立てないようにドアに背をもたれて座る。床とドアの隙間から漏れる光が下から体を包むように広がった。暖かいような気がして謙也は目を閉じる。

 ライン際の入らないサーブ、足りない球威、見送ったボール。目の中の闇はそんな画像ばかりを繰り返し再生するスクリーンであるようだった。役立たずな眉毛と睫毛を乗り越えて目の中に流れ落ちる汗を拭うたび体を萎縮させる過去の映像が明滅する。強く頭を振って目を見開き、またラケットとボールとコートと自分だけの世界に没入するが、汗が流れるたびにその気を滅入らせる映像を見せ付けられて、とうとう二十分ほど前、謙也は練習を止めてしまった。足が止まって指先が冷えていくのを、他人を眺めるように感じた。自分の体が自分の意思を裏切るどうしようもない感覚。コートの照明を消し、汗を拭い、着替えを済ませ、部室の鍵を掛けてバックを背負った時、駄目だと思った。そして半ば無意識にここまで来てしまった。校舎の一番端、あることすら知らない人も多いだろう、国語科準備室。何名かいる国語教師たちですら殆ど近寄らないのだと謙也に教えたのは、正に今、準備室に居る人だった。自分の安アパートよりずっと広いしストーブもエアコンもタダで使い放題だからいつもここに居るのだと、偽悪的に笑いながら、資料棚に並ぶ古びた本の背を愛おしげに撫でていた。
 タバコを深く吸い込む息遣いと、ページをめくる乾いた音。ドア越しに微かに聞こえる、ゆったりと刻まれる微かな物音に、謙也は細く息を付く。目の奥の闇の底からじんわりと温もりが伝わってくるような、ぼんやりと光が差し込むような感覚だった。

 パラ・パラ・パラ。一定のリズムが届くたび、謙也の闇はほのぼのと明けていった。




(20060802)


 謙也→オサム。オサムちゃんは国語の先生だといいなと思います。純文学で院まで出てしまって心配した教授の紹介で教職についたくらいのやる気の無さで、やる気の無さの裏返しで熱心にテニス部の顧問をしていると嬉しい。練習中の生徒たちを見ながらふっと小説の一節が浮かんで一人で悶えるような。適当な寛容さでコンプレックス多そうな謙也を虜にする(笑)、と。


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