realize


 獄寺は軽く頭を振って水気を切ると、洗面所の鏡の中の、代わり映えしない顔を覗き込んだ。
 薄い黄色の肌の色、緑の目、頬骨は高いが目の辺りの彫りは浅い。日本人でもイタリア人でもなく、どこへ行っても余所者だと指差される。守ってくれる家族も、受け入れてくれる仲間も居ない。
 少しばかりの寂しさと引き換えの大きな自由を抱えて、獄寺は自分の人生こんなもんだろうと思っていた。何処へ行くのも、何をするのも、何時死のうと自由。誰かに受け入れてほしいと願った時期もあったが、そのために頭を下げるのは我慢ならなかった。結局、都合よく使われてやる代わりに誰にも縛られない、暗い世界の便利屋として居場所を得た――実家の力が全く無かったとは思わない。あの男の子供であることが自分を助けた場面も恐らくあったのだろう。けれど獄寺はそれが恥ずかしいとは思わなかった。親だって獄寺を利用した。ボンゴレファミリーと繋がるための、献上品として獄寺を差し出した。獄寺自身にも旨味のある話だったが、父親のいいように動かされてしまった悔しさが腹の奥でくすぶった。
 その腹立ちも全てぶつけるつもりで獄寺はボンゴレ十代目候補に会いに来た。同じ年の、同じ東洋の血を引いた、そのくせ獄寺とは全く違う立場の男に。『上手くやればお前が次期ボンゴレだ』とにやついた父親の言葉は全く信じなかったが、恵まれた十代目候補に泣き面のひとつでもかかせてやろうとは思った。そして、実際は、魅了されたのだ。
 獄寺が自嘲の笑いをもらすと、鏡の中の顔も一緒に崩れる。どちら付かずで捻くれた、根性の座らない甘えた顔だと思う。ひとりきりで生きてきて、心の底では誰かに受け入れてもらうことを願っていた。例えば『すまなかった』と父親が迎えに来てくれる。獄寺を見初めたファミリーが『一緒にいこう』と手を差し伸べてくれる。そんな甘ったれの寝言のような未来を夢見ていた自分が、今はもう可笑しく思える。だって獄寺は見つけたのだ。血で関係を決められた家族ではなく、まだ見ぬ誰かでもない、ただひとりのボス。澤田綱吉。
 あの人の隣に立ちたい。あの人に選ばれたい。この願いは泣いて与えられる程甘いものでは無い。獄寺隼人はボンゴレ十代目の右腕に相応しいと万人に認めさせなければいけないのだ。もっと強く、もっとに智略に富み、もっと懐の深い男になって、十代目に追いつかなければいけない。
 獄寺は改めて鏡を見る。人種の交じった顔つきと体つき。子供の頃はこの血のせいで居場所が無いと泣いていた。けれど、ツナと出会った今の獄寺には啓示だった。
 オレに居場所が無かったのは、十代目と出会ってなかったから。
 オレの居場所は十代目の隣だけ。
 獄寺自身が気付く前から神は知っていたのだと、獄寺は鏡に笑いかける。


 よお、のろまの甘ったれ。
 よくも時間を無駄にしてくれたな。
 でも十代目にお会い出来たのは上出来だ。

 さあ、お会いしたからには泣いてるヒマなんて一秒もない、
 オレの全ては十代目の所有物だと十代目に認めて頂かなくては。


 獄寺はタオルを首に掛けた自分にもう一度にっと笑いかけてから、凄まじい勢いで身支度を整えた。素早く、しかし抜かりなく。十代目の隣に立つのに相応しい男になって、そして言うのだ。


「おはようございます十代目!」




(20070329)



 ツナ獄、獄寺のひとりごとでした。ツナのことを妄信的に大好きな獄寺が大好きです。