君のために世界は変わった



 起き抜けに母さんに告げられたのを最初に、迎えに来た獄寺君、登校途中で会った山本、教室に入れば京子ちゃん、と次々にもらった『お誕生日おめでとう』の言葉。こんなに沢山の人にその言葉を送られたのは初めてで、貰ったプレゼント以上にオレは嬉しくなった。京子ちゃんのお兄さんやハルまで現れて、しかも皆が言葉を変えて何度も『おめでとう』を告げてくれるものだから、もう胸はいっぱいになった。
 何やかんやとプレゼントを貰ったお陰で、家に帰るころには荷物が両手で持ちきれないほどの量になっていた。当然のように「半分持ちます」と申し出てくれた獄寺君に素直に甘えて、肩を並べて帰路に着く。短くなっていく日はもう暮れかけで、オレも獄寺君も鮮やかなオレンジ色に照らされていた。ふっと沈黙が落ちた瞬間に見上げた横顔はいつものように酷く整っていて、そして酷く幸せそうだった。
「獄寺君、なんか…嬉しそう」
 本当は幸せそうだと思ったけれど、口に出すには何だか恥ずかしくて、オレは曖昧に意味を反らしてしまった。獄寺君がこちらを振り返る。夕日で陰影の増した笑顔はいつもより大人びて、オレはドキドキした。
「ええ、嬉しいです!あなたが生まれた日ですから。本当はもっと盛大にパーティーとか、したら良いと、思うんですけど」
「そんな、大げさだよ。ただの秋の1日だよ」
 弾けるような笑顔は、オレが拒否した提案をさりげなくちらつかせる。オレの顔色を伺うような、獄寺君にしては控えめな主張だけれど、オレが一言「そうかな」なんて言おうものなら今からでも皆を集めてパーティーを開いてしまうだろう。だからオレはきっぱり拒否した――そんなに大げさじゃなければ良いかなと、少しは思っているのだけれど。敢えて強めに拒んだ言葉に獄寺君はしゅんとして、それでもぽそぽそと反論してきた。
「大げさじゃないですし、ただの1日なんてこと、絶対無いんです。むしろ10代目が生まれたから、秋が素晴らしい季節になったんですよ」
「なにそれ?」
 突拍子も無い言葉にオレは突っ込みながらも笑ってしまう。ふ、とオレが噴出したのに気付くと、獄寺君はいたずらっぽく笑う。そんな気安い仕草は最近ようやく見せてくれるようになって、小さなことだけれどオレは凄く嬉しくなった。そしてオレが笑うのを見て、獄寺君は饒舌になる。
「あなたを迎えるために暑さが退いて、空は高く青く染まって、木々は実るんです。日本の秋がこんなに豊かなのは10代目が生まれた季節だからですよ。ご存知なかったんですか?」
「嘘だぁ、意味判んないよ!」
 本気じゃない会話は荒唐無稽もいい所で、オレは笑ったまま遠慮なく突っ込む。それに獄寺君は不本意そうにむっと唇を尖らせた。さっきの微笑みと一転した子供っぽさがいっそう気のおけない感じで、嬉しくて楽しい気持ちは増すばかりだった。
「本当です。少なくともオレには絶対に。あなたが生まれた日を知ってから、世界が今日のためにどれだけ美しくなるのか全部見てきたんですから――あなたと会えなかったら、きっと気付けなかったことが一杯あるんです」
 楽しげに弾む獄寺君の声と言葉。けれどその中身はびっくりするくらい真摯だった。それこそ大げさ過ぎるような告白を、今日は良い天気ですね、と同じくらい簡単に告げられて、オレは浮かれた気分が一気に引いた。代わりにじんわりと胸と頬が熱くなる。
 自分が世界の主役のような、皆に注目して貰っている気持ち良さに舞い上がっていたけれど、それはお祭りのようなものだと思っていた。今日が過ぎたら消えてしまうものだと無意識に達観していて、けれど当然のようにそれを打ち消す獄寺君の言葉。
「オレは、あなたが生まれてきた今日を嬉しく思います。そして、来年もその次もずっと、あなたの隣に居られることを願います」
 思わず立ち止まってしまったオレを見て、獄寺君がちょっと笑う。そしてオレの左手を取ると中指に口付けた。それは、今は首から下げている、大空の指輪があるべき場所。柔らかい感触がさっと肌を掠めて、握られた手から体温が伝わる。
「オレの人生の全てで、あなたに尊敬と信頼と愛情を捧げます」
 そして、いつもと代わらない軽やかさで、獄寺君はオレに一生を誓ってしまった。
 往来を気にしてあっさりと離された指先に、じんと熱が留まる。





 生まれて初めて抱えきれないほど貰った祝いの言葉とプレゼントの喜びは全て、獄寺君の言葉とキスの衝撃に塗り替えられた。





(20071014)



 ツナ誕生日SSでした。友達がいっぱい増えたあとの誕生日なるのでツナは凄く嬉しいと思うし、獄寺は面白いくらいに喜んでいると思います。母国語以外で話すてらいの無さから獄寺は率直にばんばん胸のうちを告げてしまうといいと思う。ツナおたんじょうびおめでとう!!!