あめふり

 20050609〜20050709top 梅雨のリョ海。童謡「あめふり」のイメージでドン。(20050710)






 待ち合わせ時間を20分ほど過ぎていた。遅刻はリョーマにとって日常茶飯事で(だからと言って大目に見られる訳ではないが)、今日もまたいつも通りだと海堂はイライラと呆れの半分半分でぼうっと人波を眺めていた。若者の多い駅前は透明なビニール傘がワサワサと集う。そう強くはないが途切れず続く梅雨の雨に、あんな頼りない傘で大丈夫なのだろうかと海堂はいつも不思議だ。海堂はここのところ、中学入学の時に父が買ってくれた長傘を手放せずにいる。紺地に細かいストライプが入った傘は、去年の海堂には少し大人びていたし、だいぶ大きすぎた。けれど茶色い皮の取っ手は子供用の黄色いプラスチックよりずっと手に馴染んで、海堂は密かに大人に近づいた喜びを感じていた。それは今、海堂のベルトの通しに引っ掛っている。脛の前あたりで先端がゆらゆらと揺れるのを見て、その傘が海堂に見合わないと思う人はいなかった。丁寧に水が切られベルトで纏められた傘は、じっとり濡れてはいたが水滴はこぼさなかった。
 ぼんやり自分の傘を見ていた海堂の目前に、ビシャリと水がはねる。泥だらけのスニーカーが飛ばした水は海堂の裾を汚した。雨降りならば仕方のないことと分かってはいるが、待たされるのに加えて海堂のイライラは増す。その上、泥だらけの靴は海堂の目の前から動かなかった。海堂は眉間にぎゅっと皺を寄せて、相手を見上げようと、した。
「待ったスか?」
 生意気な目がニヤリと笑う。悪びれない風情で、海堂の待ち人が立っていた。全身、髪から靴からすっかり濡れ鼠で。海堂があっけに取られて見つめるのに、リョーマはうっとうしそうに髪の毛を掻きあげた。たっぷり含んだ水は梳いた毛先からポタポタと垂れ、大きく覗いた額から幾筋も流れ落ちる。
 思わず呆然とした海堂だったが、リョーマが苦笑まじりに手を振り水気を払うのに、我に返ってワシッとリョーマの頭を掴んだ。バックからハンドタオルを探り出す。この濡れ鼠を乾かすにはとうてい小さすぎたが、髪をぬぐう位なら何とかなりそうだった。海堂は無言でガシガシとリョーマの頭を拭いていく。強制的に下を向かされたリョーマは笑ったまま、されるがままだ。
「なんで傘持ってないとか、聞かないんスか?」
「どうせ下らねぇ理由だろ。聞くまでもねぇよ」
 楽しそうに尋ねるリョーマを、海堂はあっさり切り捨てる。けれどその手はリョーマのために熱心に動いていたから、言葉の後ろを捕まえるのは簡単だった。リョーマは顔を上げる。海堂は顔をしかめたが、水気はあらかた取れていたのでリョーマの好きにさせた。
「聞いてよ、かいどー先輩。猫にあげちゃったんスよ、ちっこいヤツ。何かもうびしょ濡れで酷かったから、傘とタオルあげちゃった」
「……」
 海堂の手が一瞬止まる。リョーマは一層笑みを深くした。
「アンタならそうしたでしょ?だからオレがしといてあげたッスよ。感謝して?」
「……テメェが勝手にやったんだろうが」
「だからアンタの代わりにやってあげたんだって」
 ニコニコと、満面の笑みで生意気に答える後輩に、海堂はもう返事をしなかった。その代わり、終わりの合図にペシッとリョーマの頭を叩く。ころりと表情を変え、いった……と不満げに呟くリョーマに目もくれず、海堂はじっとり濡れたタオルを絞ってビニール袋に入れてバックに放り込んで、大きな紺色の傘を開く。
「オラ行くぞ」
「ん」
 今の海堂にぴったり似合った傘に、小さいとはいえ中学男子がひとり余計に入ればスペースは足りない。懐に濡れた仔猫を抱え込むように海堂はリョーマと肩を重ねて、ひとつの傘のふたりは人込みに滑り込んだ。



 甘く軽くひとつ。
 やなぎのねかたでないてる子に傘を貸しちゃうのは母さんの傘に入りたいからだ!という妄想でした。
 あめふりの歌詞ってどんなんだっけと思った方はこちらのサイトさんが面白いかと。
 作詞は北原白秋ですって、意外なところで身近な人でした。

 (レイアウト修正;桂木さんありがとうございます!20050711)