バカンス

 20050709〜20050807top 海で遊んで一休みのにおやぎゅ。(20050821)




 ……折角みんなで海に来ているんだから、本は必要ないだろう。ベンチに座ったとたん、おもむろに文庫本を取り出した柳生に、仁王は思わず言いそうになった。けれどグッと我慢する。これが柳生の海の過ごし方なのだ。皆ではしゃいで、羽目を外すのも柳生は嫌いではない。だからこそ柳生は誘われるまま部員たちと一緒に海に来て、今まで一緒に遊んでいたのだ。けれど仁王は、大勢で騒ぐのが決して得意ではない柳生を知っている。だから仁王は小言をやめにして、代わりに大きなパラソルを借りてきた。ザクリと砂に柄を付きたてて、大きな影を作ってやる。突然手元が暗くなったのに、柳生は、え、と顔を上げた。仁王がニシャッと笑う。
「いいから。気にせんで読みんしゃい」
「仁王くん、私に付き合って下さらなくても大丈夫ですよ?みなさんと一緒に……」
「大騒ぎはもう疲れたと。お子様にはつきあっとれんよ」
 仁王の意図を正確に理解した柳生が、申し訳なさそうにその申し出を断ろうとする。けれど仁王はそんなものを受け入れる訳がなかった。柳生が反論できないよう、仁王自身が皆と一緒には居たくないことを強調する。柳生は一、二瞬、仁王の顔をじっと見上げたあと、仕方ない風に笑った。疲れたという仁王の嘘はきっとばれたのだろう。ではお言葉に甘えて、と柳生は綺麗に笑顔を作って、読みかけのミステリー小説に向き直った。メガネの奥で、まぶたがフと落ちて柳生は半眼になる。仁王は柳生の手元を確認した。あと半分くらい残っている。これはもう、読み切るまではテコでも動かないだろう。
 柳生のベンチに一緒にもたれて、仁王はぼうっと景色を眺める。呆れるくらいの晴天と、境目が分からないくらいに青い海。少し離れたところでは、テニス部の仲間たちがビーチボールに熱中していた。その歓声が届くのに、仁王は目を細めて大きなアクビをした。空に太陽、地に歓声、そして吹き抜けていく海風。柳生がページをめくる音を聞きながら、こんな海も悪くない、と仁王は満足げに溜め息をついた。



夏休みというよりバカンスという言葉の似合う(気がする)中学生、柳生比呂士。